ぽんぽんと、彼は頭と叩いて立ち上がる。
「ぶっちゃけて言うとだ、オレはお前さんの担任だからな。そんな家に文句を言いに行きてえ」
「だ、ダメです!」
「わあってるよ。……お前さんが何も言わないから、オレだって何もしてやれねえよ」
「……すみません」
「謝るぐれえなら、『助けて』って言えや」
「い、言えません」
「どうしてだ。それもお前さんの考えがあるからか」
「……はい」
「もし言ったらどうなる」
「………………」
「言えないか」
「『枯れます』」
「は?」
「花が、……枯れます」
「……またそんな言い方かよ」
「ごめんなさい」
我慢の限界なのだろう。換気扇の下へ行って、煙草を吸い始める。でも、苛々した空気だけは、換気扇は吸い込んでくれなかった。
「別に、お前さんに対して苛ついてるわけじゃないからな」
「へ?」
ふうー……っと、煙草の煙を吹いた。
「何もしてやれねえから苛ついてんだ。気にするな」
「……きく。せんせい……」
『彼女が言うまで手は貸すな』
理事長の願いを、キクは叶えて続けている。いや、理事長の願いだけじゃない。それは葵の願いでもある。
「……ありがとうございます。キク先生」
「何かあったら言え。お前さんには味方がいっぱいいるんだからな」
「え?」
味方。……味方?
「お前さんに助けてもらった奴らはみんな、お前のためになら手を貸す。……そういうことだ」
――それは、葵自身が『願い』を叶えることで救ってきた人たち。
桜庭家――紀紗、皐月、紅李。
朝倉家――菊。
桐生家――杜真、棗、菖蒲。
西園寺家――椿、伊吹、桂。
皇家――秋蘭、信人、紫蘭。楓。
二宮家――茜、茅、薺、浅茅。
五十嵐家――圭撫、紫苑。柾。
美作家――柚子。
氷川家――桜李、炎樹、花梨。
柊家――千風。
高千穂家――藤香。
「(……そうか。これも、理事長の狙いだったのか)」
初めは、みんなを助けられなかった理事長の『願い』を叶えるんだと思った。自分にとっても大切な友達のためになら、たとえ時間が削られようともその願いを叶えたいと。……そう思って。
でも、それもすぐに、理事長は葵にとっても嬉しすぎる気休めを与えてくれたんだと気がついた。だから葵にとって『願い』を叶えることが、今の生きる糧にもなってる。
でも理事長は、もっと先のことを考えてたんだ。
『葵の味方を作ること』
決して道明寺ではない。赤にでもない。『葵自身の味方』を、彼は葵が気がつかないところで与えてくれていたんだ。



