「ありがとう、アキラくん」
「へ?」
でも目の前の彼女は、自分に感謝してきた。
「わたしのこと、知ろうと思ってくれたんでしょう?」
それには間違いなかったので、アキラはこくりと頷く。
「わたしが話さないからね。そこまでしてくれてることが嬉しかったんだ」
「いや、盗聴は犯罪で」
「そうだけど、そうするしかなかったんでしょう?」
「というか、理事長に隠れろって言われたんだ」
「え。理事長が?」
わけも包み隠さず話したら、「してやられたわ……」と彼女はぼやいていた。
「ん? アキラくん。その時だけ? アキラくんが盗聴してたの」
申し訳なく思いながら渋々頷くと、しばらく彼女は首を傾げていたけれど、その表情はどこか楽しげだった。
そのうち葵の中で結論に至ったのか、彼女はすっと姿勢を正した。それに倣ってアキラも背筋と顔を正す。
「悪かった葵。……質問、いいだろうか」
「うん! どっからでもこい!」
すっかり仮面の外れた葵に、アキラはつい嬉しくなって頬を緩めた。
「(時間はない。しかも、折角隠し事を話したのに、五つまでっていうのは変えないみたいだし……)」
さて何から聞くべきかと、アキラは一瞬頭の中で整理する。
「(婚約者候補というのは、まあ置いておこう)」
イエスかノーで答えてもらっては勿体ない。詳しく聞こうとすれば『Why(なぜ、どうして)』になってしまう。
「(縁談を持ちかけてきたっていうのも、嘘じゃないみたいだし)」
アキラはまず一本指を立てた。
「まず一つ目」
「おう! なんだね!」
下から自分を見上げる葵は、先程の話が聞けて余程嬉しかったのか、スッキリした顔でどこか楽しげだ。どうしてそんな顔をしてるのかも聞きたいけど、それは聞けないから無しにして。
「お前が、俺を好いていると聞いた」
お前らの会話も聞こえたけど、それならどうして俺の告白に返事をしなかったのかがわからない。別に婚約者候補だったとして、『いい縁談』だとそう父親に言ってもらったにしろ何にしろ、俺も好いてたんだからすぐに答えられたはず。
「たとえ家が介入していようとも、当事者同士が好いてるなら返事ぐらいはしても問題無いと、俺は思う」
なのにお前は、俺に返事をしなかったし、まだしていない。
お前が今まで俺に、婚約者候補だったと隠していたことと、お前が俺に返事をしないのは、家に無理矢理そう言えって言われてるんじゃないかと思った。
「……葵? お前は俺を好いてるわけじゃないんだろう? でも家にはそう言えって言われてるから、俺には返事ができてない。そうじゃないのか」
アキラがそう言い切る前から、彼女は申し訳なさそうな顔をしていた。『聞きたくないなら聞かなかったらいいのに』と、そう言いたげに。



