すべてはあの花のために⑥


 浴室からヒナタが帰ってくると、ツバサは葵越しにヒナタをすっと見上げた。


「日向」

「何?」

「俺は、お前の兄ちゃんだからな」

「……そ? よかった。いつか『姉ちゃんだから』とか言われたらどうしようってヒヤヒヤしてたんだよね」

「そ、それはないから大丈夫だ」

「あっそ」


 相変わらずなヒナタにがっくりと肩を落とすも、ふっとツバサの纏う空気が変わったのがわかる。


「俺は言ってないから」

「……そ」

「だからちゃんと話せ。お前から」

「……ま。気が向いたら」


 二人が何の話をしているかわからなくて首を傾げていると、小さく笑ったツバサに、最後にもう一度抱き締められる。名残惜しそうに離れたあと、ぽんと頭を撫でて彼はその場を後にした。
 そして一気に静まり返り、葵に緊張が走る。


「(どどどどどうしよう! 二人きりだとほぼほぼ会話しないんだった……!)」


 その前に、仲直りの話をどう切り出そうかと悩んでいると、ヒナタが葵の手を掴んでくる。


「え? あの、ひ……えっと」

「風呂。入れてるから」

「あ、そうですか。それじゃあお部屋の片付けでもしましょうか」

「いや。あんた入ってくれば」

「え!? だから、九条家の家の一番風呂を戴くなんて、もうしたくないんですって!」

「……何。あっちでも入ったの?」

「はい。昨日はあちらへ泊めていただ」

「何。ツバサとイチャついてたの、ねえ」

「え。ひ、……え? ど、どうしたんですか?」


 浴室へと連れてこられ、脱衣所のドアとヒナタに挟まれる。


「何。一緒に寝たの」

「……いいえ。昨日は『何もない部屋』へ泊めていただいたので」


 そう言うとヒナタは一瞬顔を顰め、すっと体を離した。そのまま脱衣所を出て行こうとする。


「着替え。母さんの一式持ってくるから、それ着て」

「い、いえ。わたし今日は家に――」

「帰らせないよ」


 振り向いたヒナタのやさしい視線に、射止められる。


「(……だ、だから、そんな目で見ないでよ)」


 体の自由がきかなくなり、上手く息が吸えない。