浴室からヒナタが帰ってくると、ツバサは葵越しにヒナタをすっと見上げた。
「日向」
「何?」
「俺は、お前の兄ちゃんだからな」
「……そ? よかった。いつか『姉ちゃんだから』とか言われたらどうしようってヒヤヒヤしてたんだよね」
「そ、それはないから大丈夫だ」
「あっそ」
相変わらずなヒナタにがっくりと肩を落とすも、ふっとツバサの纏う空気が変わったのがわかる。
「俺は言ってないから」
「……そ」
「だからちゃんと話せ。お前から」
「……ま。気が向いたら」
二人が何の話をしているかわからなくて首を傾げていると、小さく笑ったツバサに、最後にもう一度抱き締められる。名残惜しそうに離れたあと、ぽんと頭を撫でて彼はその場を後にした。
そして一気に静まり返り、葵に緊張が走る。
「(どどどどどうしよう! 二人きりだとほぼほぼ会話しないんだった……!)」
その前に、仲直りの話をどう切り出そうかと悩んでいると、ヒナタが葵の手を掴んでくる。
「え? あの、ひ……えっと」
「風呂。入れてるから」
「あ、そうですか。それじゃあお部屋の片付けでもしましょうか」
「いや。あんた入ってくれば」
「え!? だから、九条家の家の一番風呂を戴くなんて、もうしたくないんですって!」
「……何。あっちでも入ったの?」
「はい。昨日はあちらへ泊めていただ」
「何。ツバサとイチャついてたの、ねえ」
「え。ひ、……え? ど、どうしたんですか?」
浴室へと連れてこられ、脱衣所のドアとヒナタに挟まれる。
「何。一緒に寝たの」
「……いいえ。昨日は『何もない部屋』へ泊めていただいたので」
そう言うとヒナタは一瞬顔を顰め、すっと体を離した。そのまま脱衣所を出て行こうとする。
「着替え。母さんの一式持ってくるから、それ着て」
「い、いえ。わたし今日は家に――」
「帰らせないよ」
振り向いたヒナタのやさしい視線に、射止められる。
「(……だ、だから、そんな目で見ないでよ)」
体の自由がきかなくなり、上手く息が吸えない。



