すべてはあの花のために⑥


「え。どういう……」


 ツバサの疑問に答えることなく、トウセイはただ少しだけ眉を顰めるだけ。本当に、わからない程度に。


「……きっとね、トウセイさんは女の姿の君を見るのが、ただつらかったんだよ」

「でも、そんなこと一言も……ていうか、どうしてお前がそんなこと知って」

「お得意の推測だからねー。間違っていたらすみませんトウセイさん」


 それでもトウセイが返すのは沈黙だけだった。


「ツバサくんは、ハルナさんを覚えていて欲しかったから、あんな恰好をしていたんだよね?」

「え。まあ、最初はそうだったけど……」

「トウセイさんはね、多分ハルナさんを忘れたことなんてなかったんだよ」

「え」

「そうですよねトウセイさん。そろそろ喋っていいんじゃないですか?」


 それでも、まだ彼は口を開こうとしない。
 口が堅いことは、決して悪いことではない。でも、家族との間にそれは必要か否か。


「あなたが言うつもりがないのであれば、わたしから直接ツバサくんにお話ししましょう」

「だ、だから。どうしてお前が知って――」


 彼の言葉を遮るように、葵はツバサの前に指を一本静かに立てる。


「トウセイさんはずっと、あの事件のことを調べているんだよ」


 ツバサは、はっと息をのんだ。


「仕事の帰りが遅いのも、寝るのが遅いのも、仕事が休みの日も。トウセイさんは、何か手がかりがないか、あの事件のことを調べている。……ツバサくんにキツく当たったのは、君を巻き込みたくなかったから」


 それだけ、危険な事件だった。だから大切な君を、家族を巻き込みたくなかった。守りたかった。


「喧嘩をしたのは恐らくわざとでしょう。トウセイさんの立場上、きっと入ってくる情報も多かった。……そして、それが危険だとわかった。知ってしまった。だからわざと君にきつく当たったんだ」

「………………」

「国務大臣、なれそうですか」


 葵の言葉に、ようやくトウセイが目を見開いて答えた。


「言ったはずだ。君に言われずとも、初めからそのつもりだ」


 その瞳は政治家ではなく、みんなの『お父さん』の瞳だった。


「ツバサくんどうかな。背中、押してあげられた?」

「……十分すぎるよ」


 俯いているツバサの頭を、ぽんぽんと撫でてあげた。


「でもまだ終わりじゃない。わかってるよね」

「ああ。もちろんだ」


 ゆっくりと上がった視線からは、強い意志が伝わってくる。
 そんな様子のツバサに、葵はにっこりと笑って尋ねた。