すべてはあの花のために⑥


 凜とした声が、トウセイの声を遮る。


「自分の力を、愛する人のためだけに使うことにしたんです。まあ、いろいろ教えてたりはしましたけど、弟子なんかは取ってなかったですね。きっと今頃、畑仕事でもしてるんじゃないですかねー」

「……どうして、お前がそんなことを知っている」


 窓の向こうに見える山を見つめていた視線を、ゆっくりとトウセイに戻す。


「名は『ズイコウ』。でも、こっちの方が有名かな?」


“――華咲く沈丁花”


「それが嘗て、武道界の大会を総嘗めした方の名です」

「だから。何故お前が、その名を知っている……!」

「申し遅れました。まだまだきちんとご挨拶できてなかったみたいで」


 葵はにっこり笑って、竹刀を前に携える。


「改めまして九条冬青さん。わたしの名は『あおい』と申します。……嘗てあなたが大敗を喫したした瑞香(みずか)の、最初で最後の弟子です」


 二人は、言葉を失っていたけれど、葵は先を急ぎ慌てて二人を座らせた。


「時間がないので申し訳ないです。ツバサくんがあなたにどんなことを言ったのかはわかりませんが、わたしの方からお話しさせてください」

「……はあ。わかった」

「あ。その前に、二つ目と三つ目。必ずすると約束してください」

「わかっている。約束は違えん」

「それでは。……トウセイさん。あなたはツバサくんの女の姿を見てどう思いましたか?」

「え? 何でそんなこと聞くんだよ」

「ツバサくんは黙ってなさい」

「はい……」


 キリッと目で睨まれてしまったので、ツバサは小さく両膝を抱えた。


「今はこうしてツバサくんは、このままじゃダメだと思って女の姿をやめて、あなたに訴えかけてきたはずです」


 トウセイは何も話そうとしなかった。ただ目を瞑って、葵の話を聞くだけ。反応も何もしないつもりなのだろう。


「(まあそんなのもぶっ壊してやりますよ。わたしを甘く見ては困りますからね!)」


 葵はすっと息を吸って、吐いた。



「トウセイさん。……思い出すのがつらいんだって、一言そう言えばいいんです」


 やさしい口調と微笑みを添えて。