すべてはあの花のために⑥


「……は?」

「なれないことはないでしょう。あなたなら。……いいえ、恐らくなるでしょう。わたしはそう思います」

「……わかってるのか。そんな易々と閣僚になれるものでは」

「なったらいい国、作ってくださいね?」

「……君は……」


 そして葵は、深く頭を下げた。


「トウセイさん。よろしくお願いします」

「……はあ。わかった。そもそも君に言われるまでもない」

「え。父さん?」


 ツバサは、二人の会話が理解しきれないまま、ついに試合が始まる。
 二人が中心へとゆっくり歩いてくる。竹刀を前に携え、しゃがみ込み、すっと立ち上がった。


「――――っ、はじめッ!!」


 ツバサの掛け声とともに、二人の空気が一瞬で研ぎ澄まされる。
 二人は竹刀を少し揺らしながら、お互いの様子を窺っていた。


「(二人とも、隙がない……)」


 ツバサなど、二人の足下にも及ばないだろう。

 それからどれほどの時間が経っただろうか。トウセイも葵も、小さく足を横に滑らす程度で、全くと言っていいほど最初の場所から動かない。


「(……いや、動けないんだ)」


 でも、どうしてだろうか。何もしてないはずなのに、葵の方が押している気がするのは。


「(いや。これはもう、手を出すまでもなく――)」


 そうこうしているうちに、トウセイが手を上げた。


「降参だ翼。俺の負け」

「……そう、だね」

「ふう。ま、それが賢明ですね。手を出そうものなら、多分心以外にも大怪我するとこでした。それほどまでにわたしも手加減はできなかった。流石、県一の実力の持ち主です」


 葵が敢えてそう話すと、トウセイは案の定険しい顔をした。


「その実力の持ち主に降参させるお前は、一体何者だ」


 トウセイのその言葉に、葵はにやりと口角を上げる。


「理由は簡単なこと。わたしが“あなた以上の実力者から教わったから”に過ぎません」


 トウセイの目が見開いていく。そんな父の様子に、ツバサは目を丸くしてる。


「……まさか。どうして、お前が……」

「父さん……?」

「……昔、確かにいた。俺が負けた、ただ一人……」


 トウセイが言葉を紡ぐ度、葵の笑みが深まっていく。


「そいつは、武道界を総嘗めにしていた奴だ。誰も、そいつになんぞ太刀打ちできなかった」

「ぶ、武道界を総嘗め……?」

「でもそいつは一瞬にして姿を消した。そいつのことを知ってる者はいない。ましてや名前も知らない奴らだって――」

「それは結婚したからですよ」