すべてはあの花のために⑥


 そう答えるアキラに、父は申し訳なさそうに眉を寄せながら小さく笑っていた。


「記憶をなくすのは怖かった。初めは嫌だったんだこれでも。着けるのに抵抗はあった」


 アキラは左耳を触りながら話す。


「……でも楓から、父さんが話せた時にその事を話したら止めなかったから。俺はもう、父さんに嫌われてるんだと思った」


 最終的な判断は父に委ねた。あれを着けるのか、着けないのか。でも父はそれを、自分を止めてはくれなかった。


「秋蘭それは」

「大丈夫。何回話したと思ってるんだ。もう十分わかってるよ」


『――こんな自分なんか、忘れた方がいい』


 父は、廃人になった情けない自分を、覚えていてなんか欲しくなかっただけ。


「(でも、記憶が全て戻るなんて思わなかった)」


 カフを外し、父はゆっくりとだが話せるようになり、会話も記憶が必要なものもできるまでに回復した。今となっては、全快といってもいいだろう。


「(……着けてる間だけ、だったんだな)」


 かく言う自分の場合も、外したらなんてことはなかったので、今までの研究データを盾に皇の奴らを脅してやったけれど。


「父さんに消すことを求められてるんだと思った。だから消さないとと思って、外すのが怖かった」


「でも」と、アキラはきっと、今一番柔らかい顔をしてるだろう。そんな些細な変化も父は見逃さない。


「今はちゃんと父さんの思い、ちゃんとわかってるよ。あの時どんなことを思ってたのか。ちゃんとあの時話せばよかったんだ。人を介しちゃいけない(、、、、、、、、、、)んだって、そう思った」


 アキラの言葉を聞いて、シランも顔がほっと、緩んだ顔になる。


「あの時悪かったのは俺じゃない。俺らの中で誰も悪い奴なんていないんだ。俺は、記憶を消さなくて、父さんとこうやって話せてよかったって、そう思ってる」


『だから早く話せ』と目で訴えているのは、十分シランに伝わっているだろう。
 でもシランはそんな様子のアキラに笑うだけだった。


「何だ、ちゃんとわかってるじゃないか」

「は? どういうことだ」


 シランは指を一本ずつ立てながら話した。


「まず一つ。お前は、道明寺葵の婚約者候補(、、)だ」

「え。候補?」

「二つ。縁談を持ちかけたのは向こう」

「…………」

「三つ。道明寺の娘が、お前がいいとそう言ってきた」

「…………」

「四つ。双方にとってもいい縁談じゃないかと、そう言われた」

「…………」

「五つ。俺は、何度言われても断ってきた(、、、、、)。以上」

「……は、え? ちょ、ちょっと待った」