そう答えるアキラに、父は申し訳なさそうに眉を寄せながら小さく笑っていた。
「記憶をなくすのは怖かった。初めは嫌だったんだこれでも。着けるのに抵抗はあった」
アキラは左耳を触りながら話す。
「……でも楓から、父さんが話せた時にその事を話したら止めなかったから。俺はもう、父さんに嫌われてるんだと思った」
最終的な判断は父に委ねた。あれを着けるのか、着けないのか。でも父はそれを、自分を止めてはくれなかった。
「秋蘭それは」
「大丈夫。何回話したと思ってるんだ。もう十分わかってるよ」
『――こんな自分なんか、忘れた方がいい』
父は、廃人になった情けない自分を、覚えていてなんか欲しくなかっただけ。
「(でも、記憶が全て戻るなんて思わなかった)」
カフを外し、父はゆっくりとだが話せるようになり、会話も記憶が必要なものもできるまでに回復した。今となっては、全快といってもいいだろう。
「(……着けてる間だけ、だったんだな)」
かく言う自分の場合も、外したらなんてことはなかったので、今までの研究データを盾に皇の奴らを脅してやったけれど。
「父さんに消すことを求められてるんだと思った。だから消さないとと思って、外すのが怖かった」
「でも」と、アキラはきっと、今一番柔らかい顔をしてるだろう。そんな些細な変化も父は見逃さない。
「今はちゃんと父さんの思い、ちゃんとわかってるよ。あの時どんなことを思ってたのか。ちゃんとあの時話せばよかったんだ。人を介しちゃいけないんだって、そう思った」
アキラの言葉を聞いて、シランも顔がほっと、緩んだ顔になる。
「あの時悪かったのは俺じゃない。俺らの中で誰も悪い奴なんていないんだ。俺は、記憶を消さなくて、父さんとこうやって話せてよかったって、そう思ってる」
『だから早く話せ』と目で訴えているのは、十分シランに伝わっているだろう。
でもシランはそんな様子のアキラに笑うだけだった。
「何だ、ちゃんとわかってるじゃないか」
「は? どういうことだ」
シランは指を一本ずつ立てながら話した。
「まず一つ。お前は、道明寺葵の婚約者候補だ」
「え。候補?」
「二つ。縁談を持ちかけたのは向こう」
「…………」
「三つ。道明寺の娘が、お前がいいとそう言ってきた」
「…………」
「四つ。双方にとってもいい縁談じゃないかと、そう言われた」
「…………」
「五つ。俺は、何度言われても断ってきた。以上」
「……は、え? ちょ、ちょっと待った」



