すべてはあの花のために⑥


「父さん、もういいだろ」

「……ああ、そうだな」


 皇家パーティー後。挨拶回りも終わり、片付けは家政婦たちに任せている。アキラとシランは、控え室を用意していたので、そこでタイを緩めながら二人でソファーに身を沈めた。


「つっかれたなー。久し振りにこんなことをすると、今日はよく寝られそうだ」

「いや父さん?」

「俺さ、小桜も亡くして記憶も無くして、お前にも楓にも、俺らを慕ってくれる奴にもすごい迷惑も心配も掛けて、申し訳ない気持ちでいっぱいなんだ」

「(ダメだ。話し出したら止まらない)」

「でもあれ(、、)を外して、少しずつ記憶が戻りだして。……怖くなった。やっぱり」

「父さん……」

「怖かったけど、お前も向き合ってくれたから、こうして戻ってよかったって、そう思えるんだ」

「………………」

「お前はどうだった? 記憶が無くなっていくのは怖かったか?」

「……はあ」


 その話を、一体何回したと思っているのか。自分と向き合えて、自分からあれを外せた時、何度も、毎日、話してやったじゃないか。
 アキラは少し眉を寄せ、でも頬を緩めながら答えた。


「俺は確かに、記憶が無くなっていくのがわかった時、すごく怖かった」


 実際、彼女のことを少し忘れてしまった時は、本当に泣きそうなほどつらかった。


「でも俺は、母さんを巻き込んでしまったことを悔いてた。皇の奴らに言われたせいじゃない。俺は最初から、誰に言われるまでもなく自分を責めていた」


 ――自分を庇って、母は死んでしまったのだから。


「父さんにも、謝って済む問題じゃなかったから、どうすればいいのかわからなかった」


 その時の自分の支えは兄だった。でもその兄も、ここからいなくなった。


「父さんがおかしくなって、シン兄もいなくなって、俺はもっと自分を責めた。俺がもっとあの時しっかりしてたら、母さんが死ぬことだって、父さんがおかしくなることだって、シン兄がいなくなることだってなかったのにって」


 そう思っていた自分を説得してくれたのは、他でもない兄であり、兄を説得してくれたのは葵だ。


「自分は悪くないんだって。悪いのは俺を誘拐しようとした奴だって。きちんと考えを改めてくれたシン兄と葵に、俺は感謝してるんだ」


 こうして自分の左耳がスッキリしてることも。目の前の父と話ができることも。もうないと、あの時までは思っていたのだから。