すべてはあの花のために⑥


 葵はつらそうに笑いながら、コップに口をつけた。


「間違って欲しくないのは、トーマさんにそう返事をしたことについて、嘘は言ってないってことなんです」

「信じたいけど、ちょっとよくわかんないし、今パニック」

「すみません。でも、アキラくんに結婚を申し込んだのは、わたしなんです」

「え。……ちょっと。本当に葵ちゃん、わけがわからない」

「そうだと思います。でも本当のことなんです。わたしには好きって気持ちがわかりません。でも、アキラくんは好きなんです。……ほんと、困ります。これ以上のことは話したくないのに、なんて言ったらみんなはわかってくれるのか」

「……葵ちゃんは、アキ好きなの」

「否定はしません。でも、アキラくんにはきちんとお断りの返事をしたんです」

「はあ。……ちょっとそのことはよくわからないからまた教えて?」


 ぐしゃっと、トーマが頭を抱える。


「はい。それじゃあ今度はわかりやすくではなくて難しく伝えますね」

「いや、わかるように説明して欲しいんだけど……」


 そう言うトーマにクスリと笑う。きっとトーマならすぐに解いてしまいそうだと、何故かちょっと楽しみな自分がいた。
 その時、トーマの左手首に紺色のリボンが見える。


「あ……」

「ん? ああこれ? ちゃんと届いたよーって言おうと思って」


 そういえば、彼はどうしてこんなところにいるんだろう。


「トーマさん。どうしてこちらへ来られてるんですか……?」

「ん? それはねー、……葵ちゃんに会いたかったからっ」

「わああ!!」


 容赦なく、トーマが抱きついてくる。危機を察知して、コップを置いておいてよかった。


「会いたかったー葵ちゃんっ」

「あーはいはい。それはヨカッタデスネ」


 ぎゅうっと抱きついてくる彼の頭を、葵はバンバン叩く。


「なんでー。もうちょっとさ、久し振りに会えた喜びを分かち合おうよ!」

「なんで、トーマさんは、こちらへ、いらっしゃって、るんですか? 受験は、どうしたんじゃい!」


 嫌みったらしく言うけれど、トーマの嬉しそうな顔は変わらない。


「俺は会いたかったのに、葵ちゃんは会いたくなかったの……?」

「受験生にもかかわらず、毎日と言っていいほど電話は掛かってくるので、久し振りな感じがしません」

「えー……」


 しゅん……と、落ち込む彼が可愛くて、思わず笑みがこぼれる。


「トーマさん。会いたかったです」

「……!」

「会えてよかった。また、会えたっ」

「っ、葵ちゃんっ」


 腰にしがみついてくるトーマを、少しだけ抱き締め返してあげた。


「それで? どうしてこちらに来られたのか、教えてもらえませんか……?」

「しょーがないなー。知りたがりの葵ちゃんに、特別に教えてあげましょう」


 すぐ調子を取り戻したけど。まあ、それも嬉しそうなので良しとしよう。