「ちなみにあっちゃんは、好きな人じゃないと付き合おうとは思わない?」
「え? 好きな人じゃないと付き合わないでしょ?」
「それが世の中には、付き合ってみてから好きになるパターンの人もいてですね」
「え。そうなの?」
「まあ付き合う時点で嫌いではないのだろうけども。……だから、あっちゃんはみんなのこと振ってるのかと思ったんだけど、そうじゃないの?」
「そりゃわたしも、好きになった人と付き合っていきたいとは思ってるけど」
「……けど?」
「……わたしには、恋愛よりも先に、しなくちゃいけないことがあるから」
そう言って葵は、左手をお湯から出す。
「しなくちゃいけないことって言うよりも、願いかな? それを叶えないといけないんだ」
「……叶えないと、いけないんだね」
「うん。わたしが恋愛をするには、結局のところそれが叶わないと始まらないかなって思ってる」
「でも、別にそれは、好きになるってこととは違うよね?」
キサは葵の左手を取って小さく笑う。
「今はまだ付き合えないかもしれない。でも、好きになることはできるんじゃない?」
「うん。わたしもそう、思ってる」
「あっちゃんのことはもう安心してるよ? もう、恋愛のことに関して言うつもりはないし、十分上級者だっ!」
「ははっ。それは嬉しい!」
「だからあたしから言えることは、もっと視野を広げてってことかな? ……きっとあっちゃんのこと、たくさんの人たちが見てくれてるからね。あっちゃんが恋に落ちる相手が、あっちゃんのことを幸せにしてくれること、あたしは祈ってるよ」
「……っ、うんっ。ありがとうキサちゃんっ」
長風呂をしてしまったおかげで、指先はもう皺だらけ。それに二人して笑い合った。



