すべてはあの花のために⑤


 その小さな芽は、海の中で魔女に会いました。

 その小さな芽は海から出たかったので、魔女に陸に戻してくれと頼みます。

 その魔女は、その小さな芽から太陽と引き替えに、陸に上がらせてくれました。


 しかし、その芽は変色していて、すでに真っ黒でした。

 でもそこへあたたかい土がやってきて、自分たちのところへ植え替えてくれました。

 そこですくすくと育った芽は蕾になり、人へともらわれました。


 その蕾は何と、夜になると花を咲かせるのです。

 でも、昼間は花びらは閉じたままでした。


 人は、どうしたらもっと長い間花を咲かせられるか土に聞いてみました。

 どうやらその蕾は、もうすぐしたら咲くそうです。

 少しでも早く咲かせたかった人は、違う方法を聞きました。


 蕾自身が、土から養分を、水分を思いっきり吸い上げた時、花開くまでの時間が縮まるでしょうと。

 そうか、自分たちがしてやれることはないのかと思った人は、ただ見守ることにしました。


 そしてもうすぐ、花がどうやら開きそうです。


 ――――――…………
 ――――……


 葵は一度、大きく息を吐く。



「でも、蕾はまだ花を開きたくはありません」

「……どう、して?」


 少しだけ掠れたヒナタの声に小さく笑ったあと、葵は再び、太陽に手を伸ばす。


「ここまで大きくしてくれた人のために、花を開かせるべきだということはわかってます。でも蕾はまだ、そうしたくないのです。だって、たくさんの花たちに会えて、蕾は変わりたいと思ってしまったから。……だから蕾は、お月様を信じることにしました。必ず自分の太陽を取り戻すと、蕾自身も、もう少し足掻こうと思います」


 そこまで言い切って、ゆっくりと伸ばした手を下ろす。そのまま少しだけ俯いた。


「日向って、いい名前だね」

「え?」

「だって、自分の名前にお日様がいるんだもん」

「……オレは、あんまり好きじゃないけど」

「そうなの? でも、大事にしたらいいと思う。ヒナタくんは、お日様みたいに人を明るくしてあげられる人だから」

「え。本気で言ってる?」

「うんっ。もちろんだよ! わたしにも、その日の光を分けて欲しいくらいっ」

「だったら――――……」


 よく聞こえなかったので聞き直そうかと思った時、ちょうどみんなが帰ってきた。


「ヒナタくん! みんな来たみたいだよ! 次はお菓子工場の見学だっけ。楽しみだね~」


 葵は何事もなかったかのように、みんなの元へと駆けて行った。



『だったらオレがあんたの太陽になる』

「…………いま、なに口走った……?」


 その後方で、顔を赤くしたヒナタが口元を押さえているとも知らずに。