その小さな芽は、海の中で魔女に会いました。
その小さな芽は海から出たかったので、魔女に陸に戻してくれと頼みます。
その魔女は、その小さな芽から太陽と引き替えに、陸に上がらせてくれました。
しかし、その芽は変色していて、すでに真っ黒でした。
でもそこへあたたかい土がやってきて、自分たちのところへ植え替えてくれました。
そこですくすくと育った芽は蕾になり、人へともらわれました。
その蕾は何と、夜になると花を咲かせるのです。
でも、昼間は花びらは閉じたままでした。
人は、どうしたらもっと長い間花を咲かせられるか土に聞いてみました。
どうやらその蕾は、もうすぐしたら咲くそうです。
少しでも早く咲かせたかった人は、違う方法を聞きました。
蕾自身が、土から養分を、水分を思いっきり吸い上げた時、花開くまでの時間が縮まるでしょうと。
そうか、自分たちがしてやれることはないのかと思った人は、ただ見守ることにしました。
そしてもうすぐ、花がどうやら開きそうです。
――――――…………
――――……
葵は一度、大きく息を吐く。
「でも、蕾はまだ花を開きたくはありません」
「……どう、して?」
少しだけ掠れたヒナタの声に小さく笑ったあと、葵は再び、太陽に手を伸ばす。
「ここまで大きくしてくれた人のために、花を開かせるべきだということはわかってます。でも蕾はまだ、そうしたくないのです。だって、たくさんの花たちに会えて、蕾は変わりたいと思ってしまったから。……だから蕾は、お月様を信じることにしました。必ず自分の太陽を取り戻すと、蕾自身も、もう少し足掻こうと思います」
そこまで言い切って、ゆっくりと伸ばした手を下ろす。そのまま少しだけ俯いた。
「日向って、いい名前だね」
「え?」
「だって、自分の名前にお日様がいるんだもん」
「……オレは、あんまり好きじゃないけど」
「そうなの? でも、大事にしたらいいと思う。ヒナタくんは、お日様みたいに人を明るくしてあげられる人だから」
「え。本気で言ってる?」
「うんっ。もちろんだよ! わたしにも、その日の光を分けて欲しいくらいっ」
「だったら――――……」
よく聞こえなかったので聞き直そうかと思った時、ちょうどみんなが帰ってきた。
「ヒナタくん! みんな来たみたいだよ! 次はお菓子工場の見学だっけ。楽しみだね~」
葵は何事もなかったかのように、みんなの元へと駆けて行った。
『だったらオレがあんたの太陽になる』
「…………いま、なに口走った……?」
その後方で、顔を赤くしたヒナタが口元を押さえているとも知らずに。



