すべてはあの花のために⑤


「そういえばそうだったねえ」と言っていたアカネの顔は、いつも通りだった。でもすぐ、ちょっとだけそのあと顔を引き締めて。


「でも、さっきのはあおいチャンが嫌だっただろうからと思って、謝りに来たんだ。こういうことは、女の子のあおいチャンにとっては大事なことだと思う。だからあの時、とっさに声掛けてあげられなくて、ごめんなさい」


 深々と頭を下げるアカネに、葵は「あ、頭上げて!」と必死で訴えた。


「謝って許されるようなことじゃないかもしれないけど。……今のおれにはこうすることしかできないから」

「お願いだから頭上げておくれよ! わたしだって、アカネくんきっと嫌だっただろうなって、小麦粉まみれで気持ち悪かっただろうと思って、謝りたかったんだから!」


 葵が慌ててそう言うと、アカネは「へ?」と頭を上げた。


「……あおいチャン、ちゅーしたのが嫌だっただろうって思ってたの?」

「え?! だ、だって。こういうのって、好きでもない人とするのは、いやでしょう……?」


 そう言って葵は、話題を終わらせたくてまた油を拭き始める。


「……いやなわけ、ないじゃん」

「え――」


 発せられた低音と同時に、手を掴まれた葵はアカネに引き寄せられる。


「あ、あかねく」

「おれは、あおいチャンが嫌だったんだと思って謝ったんだけど」

「そ、そりゃ。アカネくんのことは好きだけどそういうんじゃないし。で、でもそれは、アカネくんもでしょう……?」


 アカネに掴まれている手に、力が入る。


「だったら、あおいチャンは謝る必要なんてないよ」

「え? それってどういう――」


 言い切る前に引っ張り込まれた葵は、今度は事故でも何でもなく、アカネに唇を奪われる。


「だっておれ、あおいチャンが好きだから。……だから謝る必要なんてないよ。だっておれは、あおいチャンとキスできて嬉しかったんだから」

「あ。かね。くん……?」

「でも、あおいチャンは嫌だっただろうなと思って謝りに来たのに、……何それ。なんであおいチャンがおれのために謝ってるの。意味わかんないんだけど」


 葵は、今の状況が上手く理解できなかった。


「……なに。おれ今あんまり機嫌よくないんだけど。わかんないならもう一回するけど」

「――! だ、大丈夫ですっ!」


 ようやく状況を理解して、慌ててアカネから離れようとしたけど、彼の手がそれを許してはくれなかった。