「そういえばそうだったねえ」と言っていたアカネの顔は、いつも通りだった。でもすぐ、ちょっとだけそのあと顔を引き締めて。
「でも、さっきのはあおいチャンが嫌だっただろうからと思って、謝りに来たんだ。こういうことは、女の子のあおいチャンにとっては大事なことだと思う。だからあの時、とっさに声掛けてあげられなくて、ごめんなさい」
深々と頭を下げるアカネに、葵は「あ、頭上げて!」と必死で訴えた。
「謝って許されるようなことじゃないかもしれないけど。……今のおれにはこうすることしかできないから」
「お願いだから頭上げておくれよ! わたしだって、アカネくんきっと嫌だっただろうなって、小麦粉まみれで気持ち悪かっただろうと思って、謝りたかったんだから!」
葵が慌ててそう言うと、アカネは「へ?」と頭を上げた。
「……あおいチャン、ちゅーしたのが嫌だっただろうって思ってたの?」
「え?! だ、だって。こういうのって、好きでもない人とするのは、いやでしょう……?」
そう言って葵は、話題を終わらせたくてまた油を拭き始める。
「……いやなわけ、ないじゃん」
「え――」
発せられた低音と同時に、手を掴まれた葵はアカネに引き寄せられる。
「あ、あかねく」
「おれは、あおいチャンが嫌だったんだと思って謝ったんだけど」
「そ、そりゃ。アカネくんのことは好きだけどそういうんじゃないし。で、でもそれは、アカネくんもでしょう……?」
アカネに掴まれている手に、力が入る。
「だったら、あおいチャンは謝る必要なんてないよ」
「え? それってどういう――」
言い切る前に引っ張り込まれた葵は、今度は事故でも何でもなく、アカネに唇を奪われる。
「だっておれ、あおいチャンが好きだから。……だから謝る必要なんてないよ。だっておれは、あおいチャンとキスできて嬉しかったんだから」
「あ。かね。くん……?」
「でも、あおいチャンは嫌だっただろうなと思って謝りに来たのに、……何それ。なんであおいチャンがおれのために謝ってるの。意味わかんないんだけど」
葵は、今の状況が上手く理解できなかった。
「……なに。おれ今あんまり機嫌よくないんだけど。わかんないならもう一回するけど」
「――! だ、大丈夫ですっ!」
ようやく状況を理解して、慌ててアカネから離れようとしたけど、彼の手がそれを許してはくれなかった。



