「大体一時間くらい記憶がごっぽり抜けてる感じか」
「ベッドの上でレンくんが、英語教室にいたって教えてくれたの。レンくんも、同じように英語教室にいたんだって。しかもわたしと同じでどうしていたのか覚えてなくて、取り敢えずわたしを保健室まで運んでくれたみたい」
「……何だよ、それ。アイツも抜けてんのか」
もしかしたら、このままずっと月を見続けていたら何かがわかるかもしれない――そう思っていると、ツバサの纏う空気がすっと研ぎ澄まされた。
「もしかしなくとも、いい匂いがした?」
「……うん。花の香りがしたよ」
「なら文化祭の時、俺を講堂の奈落に閉じ込めた奴の可能性が高いな」
「恐らく電気を切りやがったのもそいつだろう」と、続けるツバサに「ちょっと待って」と声をかける。
「今日、きっとわたしの記憶を忘れさせたのは、ツバサくんを閉じ込めた人じゃないと思う」
「なんでそんなことわか……って、お前! あいつらのこと知ってんのか!」
「一人は知ってる。顔も見てる。それ以外は、わからないけど」
ツバサは苛立った様子で舌打ちをした。
「なんで言わなかった」
「……ごめんなさい」
けれどすぐ、はっと気づいた様子でツバサは頭を下げていた。
「悪い。……お前関係の話だったな。そういえば」
「つばさくん……」
「ん。お前が話してくれるまで待つって言ったのに、俺が約束破るところだった」
「……あり、がとう……」
感謝を告げて、もう一度月を見上げる。
先程から、心がザワザワして仕方がない。だから、レンの言うとおり、頭ではなく心が覚えているのだろう。
「でも、もう一人いただろう? そいつって可能性も」
「覚えてないんだけど、多分違うと思う」
「なんでそんなことわかるんだよ」
「……勘?」
ここに来て、『自分』がブレーカーを落としたわけじゃないとわかった。もちろんこれも勘だし、何となくそんな気がするってだけだけど。
「……そっか。わかった。だったらもう気にするのはやめよう。保健室行くぞ」
「え? な、納得するの?」
「だって、お前の言ってること間違ってたこと一つもねえし。まあ隠してたことはあったけど、言えることは多分嘘じゃねえって思うから」
「……つばさくん……」
「お前の勘はよく当たる。だから俺は、それを信じるだけ」
「ほら、行くぞ」と、ツバサはさっさと教室を出て行った。
「……なんだ。それ」
そう言ってくれるのが嬉しくて、でも少し恥ずかしくて。ふうと一つ息を吐いて、気持ちを切り替えてから教室を出る。
「遅えよ」
「わあ?!」
すぐそこで待ってたけど。
「ほら行くぞ」
今度は指先を軽く握って、連れて行ってくれる。
「これなら痛くないですか?」
「だ、大丈夫っす」
「そうですかそうですか」
「……ふふっ」
なんだかおかしくなって、きゅっと握り返す。驚いた様子の彼ににこっと笑うと、彼も嬉しそうに目を細めていた。



