すべてはあの花のために⑤


「大体一時間くらい記憶がごっぽり抜けてる感じか」

「ベッドの上でレンくんが、英語教室にいたって教えてくれたの。レンくんも、同じように英語教室にいたんだって。しかもわたしと同じでどうしていたのか覚えてなくて、取り敢えずわたしを保健室まで運んでくれたみたい」

「……何だよ、それ。アイツも抜けてんのか」


 もしかしたら、このままずっと月を見続けていたら何かがわかるかもしれない――そう思っていると、ツバサの纏う空気がすっと研ぎ澄まされた。


「もしかしなくとも、いい匂いがした?」

「……うん。花の香りがしたよ」

「なら文化祭の時、俺を講堂の奈落に閉じ込めた奴の可能性が高いな」


「恐らく電気を切りやがったのもそいつだろう」と、続けるツバサに「ちょっと待って」と声をかける。


「今日、きっとわたしの記憶を忘れさせたのは、ツバサくんを閉じ込めた人じゃないと思う」

「なんでそんなことわか……って、お前! あいつらのこと知ってんのか!」

「一人は知ってる。顔も見てる。それ以外は、わからないけど」


 ツバサは苛立った様子で舌打ちをした。


「なんで言わなかった」

「……ごめんなさい」


 けれどすぐ、はっと気づいた様子でツバサは頭を下げていた。


「悪い。……お前関係の話だったな。そういえば」

「つばさくん……」

「ん。お前が話してくれるまで待つって言ったのに、俺が約束破るところだった」

「……あり、がとう……」


 感謝を告げて、もう一度月を見上げる。
 先程から、心がザワザワして仕方がない。だから、レンの言うとおり、頭ではなく心が覚えているのだろう。


「でも、もう一人いただろう? そいつって可能性も」

「覚えてないんだけど、多分違うと思う」

「なんでそんなことわかるんだよ」

「……勘?」


 ここに来て、『自分』がブレーカーを落としたわけじゃないとわかった。もちろんこれも勘だし、何となくそんな気がするってだけだけど。


「……そっか。わかった。だったらもう気にするのはやめよう。保健室行くぞ」

「え? な、納得するの?」

「だって、お前の言ってること間違ってたこと一つもねえし。まあ隠してたことはあったけど、言えることは多分嘘じゃねえって思うから」

「……つばさくん……」

「お前の勘はよく当たる。だから俺は、それを信じるだけ」


「ほら、行くぞ」と、ツバサはさっさと教室を出て行った。


「……なんだ。それ」


 そう言ってくれるのが嬉しくて、でも少し恥ずかしくて。ふうと一つ息を吐いて、気持ちを切り替えてから教室を出る。


「遅えよ」

「わあ?!」


 すぐそこで待ってたけど。


「ほら行くぞ」


 今度は指先を軽く握って、連れて行ってくれる。


「これなら痛くないですか?」

「だ、大丈夫っす」

「そうですかそうですか」

「……ふふっ」


 なんだかおかしくなって、きゅっと握り返す。驚いた様子の彼ににこっと笑うと、彼も嬉しそうに目を細めていた。