すべてはあの花のために⑤


「葵どこがいい? どこが落ち着ける?」

「つ、つばさくん! 痛いよ!」


 ドレスではなくタキシードを着たツバサは、葵を逃すまいと掴んだ腕を放さない。


「つ、つばさくん! 別にわたしどこにも行かないから! ちょ、ちょっと緩めて! 手と足! 痛いし転けそう!」


 生徒会一背が高いツバサの足の長さに比べたら、きっと葵はこどもも同然だろう。


「さっきまではどこにいた?」

「え? ほ、保健室」


 急に立ち止まったツバサは、慌てた様子で振り返り葵の肩を掴む。


「怪我したのか!」

「う、ううん。してないっ!」


 心底ほっとした様子で、ツバサの頭が肩に乗っかってくる。


「……勘弁してくれ……」

「ご。ごめんなさい……」


 今は葵よりもツバサの方が、つらそうに息を吐いていた。肩を震わせていた。


「つばさくん。取り敢えず行く? 保健室」

「……行く」

「あ。で、でもあの。ちょっとだけ、英語教室に寄ってもいい?」

「それは構わないけど……どうして?」


 悩んだのはほんの一瞬。「ツバサくんになら……」と、葵はわけを話すことに。


 ――――――……
 ――――……


「保健室の前に、ここにいたって月雪に教えてもらった?」

「うん。そうなの」


 ガラガラと音を立てて、二人は教室の中へと入る。


「……覚えて、ないのか」

「うん。そうなの。……わたし、覚えてないの」


 そう受け答えをしながら、葵は教室内をぐるっと一周、ゆっくりと回る。


「……どこから。どこから覚えてない」

「停電したこと、覚えてなかったんだ」

「……なら、みんなで散らばって逃げたのは?」

「それは覚えてる。その後わたし、一旦控え室戻ったの」

「は? なんで」

「か、カード取り忘れてて」

「バカだろお前」


 あははと葵は苦笑い。


「(まあ、今回ばかりは自分が悪い。あの時までに取っておけば、あんなことには――……)」


 ……あれ。


「(今。どうして、そう思ったの? 普通に、持ってたじゃん。レンくんと同じカード)」


 葵はふと立ち止まる。そして、教室の窓から月を見上げた。


「(……あ、れ。どうしてこんなに胸が……い、いたたた)」

「それで? カード取ってからどうしたんだよ」

「っ、えーっと。しばらく控え室いて、悲鳴が小さくなった頃に会場戻って、ペアを捜したの」

「何勝手に一人で寛いでんだよ。あの時大変だったんだぞ。主にチカが」

「あはは。だよねー」


 でも、そこで葵の記憶は途切れていた。


「そのあと、気がついたら保健室のベッドの上だったの」

「気がついたのはいつ。それは覚えてるか」

「レンくんに少し話を聞いてもらって。ダンスを何曲か踊って22時になったから……逆算して、21時半くらいとしか。曖昧でごめん」

「……レンくん、ね」


 ツバサのその呟きは、葵の耳には届かなかった。


「(一体。何があったんだろう。どうして。涙が止まらなかったんだろう……)」


 月を見上げていると、胸が切なく痛むのはどうして――……?