すべてはあの花のために⑤


 彼は一瞬ぽかんとしたあと、小さく笑った。


「なら尚更向こうは謝ってくるんじゃないですか? きっと、あおいさんを叫ばせてしまったことを、とても後悔してると思いますよ?」

「……もう話したくないと。近寄らないでとも。言ってしまったんですが……」


 それを聞いたら、彼の顔は引き攣ってしまったけれど。


「おう。それは、ちょっと傷つくかもー……」

「わかってます。……大切な人にそんなこと言うなんて、わたしは最低だ」


 再び指先を握り込むと、小さく笑った彼がそっと上から手に触れる。


「あおいさん? そう言えるってことは、自分も悪かったと思ってらっしゃるんでしょう? だったらあおいさんも謝りましょう。それでいいじゃないですか。あなたの大切な人なんでしょう? ちょっと妬けますけどお相手の方も。でもあなたにそう言われてしまったから、向こうは身動きが取れません。あなたから動いてあげないと、向こうは謝ることすら、話すことすら、近づくことすらできないんですから」

「……わかっては。いるんです」


 謝りたい。謝りたいけど、それでまた聞いてこられてきたら、同じことの繰り返しになってしまう。それに、きっと動揺してしまうだろうし、何より心の整理ができていない。


「……なら、少し時間を置くのはどうですか?」

「でも、こういうのって早く解決するに越したことはないのでは……」


 実際のところ、友達と喧嘩は経験がないにも等しい。その対処法なんてわからないのだが。


「あなたがその状態では、何度やっても同じことになると思いますよ?」

「そう、なんですけど」

「だったら、あなたが落ち着くまで向こうにも待ってもらっておきましょう? あなたが大丈夫だと思ったら、その時謝ればいいんです」

「で、でも。そんなの身勝手では」


 そう言うと、彼はぎゅっと両手で葵の震える手を包み込んだ。


「事の発端は向こうからでしょう? きっとお相手も反省していますから、まずはあなたの心を優先してあげましょう? ……今にも崩れていきそうですよ」

「……!」


 そうならないようにと、修行をしたつもりだった。時間が足りなかったか、或いは、やっぱり難しい問題なのだろう。葵の中で、なかなか処理ができないから。


「大丈夫です。あおいさんの大事な人なら、きっと待っていてくれますよ」

「……いいんでしょうか。時間を、戴いても……」

「もちろんですよ。俺も、何かお手伝いできることがあれば何なりと言ってくださいね」


 ふわりと笑う彼に、葵もぎこちないけど笑顔で返した。