「……あい。くん……?」
その子は女の子だった。
でも何故か、目の前の彼と重なって見えて。
「……どう。して……」
「……なんだかまた、あおいさんが泣いている気がして」
「……!」
彼の前で泣いたことなんて一度だってなかったはずなのに、そう言って彼は、葵にそっと着ていたコートを掛けてくれた。
「あったかい時はいいですが、今は冬ですよあおいさん? ……よいしょっと」
「え……っ?」
彼はにこっと笑ったあと、コートで葵を包み込んで、そのまま軽々と持ち上げる。
「あっ、アイくん。お、降ろして」
「いいえ降ろしません。寒いですから、せめてベンチに座りましょう?」
「あ、歩けますからっ!」
「俺が運んであげたいので、少々お待ちくださーい」
この状況に、頭が全くついていかなくて。ひとまず降りようと思っても「暴れないでくださーい」と言われて、もっとがっちり抱き抱えられてしまうし。
結局ビクともしないまま、されるがままベンチまで運ばれてしまった。
「さあ! どうぞあおいさん! 思い切り叫んでください!」
そして降ろすや否や、両手を広げた彼だけがやる気満々だった。
「いえ、あの。もう大丈夫です」
なんだかもう、バカらしくなってしまった。
「ふふ。……もう大丈夫です。アイくんの笑顔を見たら落ち着きました。ありがとうございます」
「あおいさん……」
葵の隣に腰をかけた彼は、前屈みになって覗き込んでくる。
「あおいさん」
「アイくんはどうしてこちらへ?」
「あおい、さん」
「この間も会いましたけど、お家はこの近くなのですか?」
「……っ、あおいさんっ」
「今日はちょっと肌寒いですね。コート、貸してくださってありがとう」
「あおいさん……!」
「っ、はい。なんでしょう」
頬を包み込まれてようやく、彼の言葉に反応を返す。
「……気づいて、いらっしゃらないんですか」
「……? なにが。でしょう」
視界が、ぼやけた。
「……泣いて、いらっしゃるんです」
「そんなはずないじゃないですか。だって。わたしはもう。泣かないんです。から……」
瞬きをしたら、鮮明な視界に戻る。
「でも、全然止まらないじゃないですか」
「……きっと。アイくんの気のせい。です」
触れていた彼の指が、何かを拭うように頬を撫でた。
「そんなにつらいことがあったんですか? 俺には言えませんか?」
「……大したことでは。ないので」
「ならどうして涙が止まらないんですか」
「……っ、だから。さっきから泣いてないって……っ」
顔を動かした時、ようやく涙が流れていることを自覚する。
「……っ。え。なんで……」
「あおいさん」
「あいくん。わたし。泣いてないですよ。……っ。泣いて。ないんです」
泣いていない。これは涙じゃない。
必死で訴える葵に、彼はただ、背中をさすってくれていた。



