「絵本は、持っていました。けど今はもう、わたしの手元にありません」
「それって、葵ちゃんが信用できる、大切で大好きな人に渡したってことだよね」
「そういうことになりますかね。振り返れば、もっとちゃんと考えなさいよって思いますけど」
「誰に渡したの。絵本の内容は」
「誰かは、……わたしにもわかりません。ただ、『女の子だった』ことは確かで」
「どういうこと?!」
「な、内容は、モデルがわたしですから『わたし』としか……」
「葵ちゃん。もっと深刻に受け止めておくれよ……」
ガクッと肩を落とす彼にクスッと笑った後、姿勢を正す。
「『ただでは消えない』と言った理由の一つは、わたしが『願い』を全て叶えたいから。もう一つは、足掻けるだけ足掻くつもりだからです」
「……願い?」
「その願いを叶えることが、今のわたしの生きる糧なので」
「……ねえ葵ちゃん。まさかとは思うけど、それってーーーーーーーー……?」
「――――。……流石は、皇の当主で有らせられる方です」
葵は微笑みを返すけれど、彼から返ってくるのは怪訝な表情だけ。
「それが今、主人格を保っていられる糧になっていると?」
「間違いではありません。それがなければわたしは、消えるのに何も疑問は持たなかった。足掻こうとも思わなかったでしょう。けれど、そうあることでわたしとしての時間が削られるリスクを負うこともあります」
シランは、何も言わなかった。いや、きっと言えなかったのだろう。
『やめろ』と言えば、葵の生きる糧を無くしてしまうから。『続けろ』と言えば、葵に時間を削れと言っているようなものだから。
「それでもわたしはただでは消えませんし、家の思い通りにはなりません」
「……うん。そっか」
「シランさん。わたしは、確かにあの時『道明寺』の手を取りました。でも今は取るべきではなかったと、そう思っています。それは、『そこ』がどこよりも危険だから」
一歩、また一歩と彼に近づく。
「足掻くとは言ったものの、ここまでわたしを育ててくれたのは確かです。恩を仇では返せませんし、わたしはただの駒にすぎない。……自分では思うように動けないんです」
一歩分の距離を開けて、ただ真っ直ぐに視線を交わす。
「申し訳ありませんシランさん。早くにあなたと話をしておいたのは、これが理由でもあります」
「……俺に、何かできることがあるんだね」
「こ、こんなわたしのことを、あなたは信用してくれるんですか?」
不安そうな葵に、シランはやさしさにすっと目を細めた。



