すべてはあの花のために⑤


 父には、勝手に資料に付箋をつけたことを怒られました。母には、わたしのせいで近所から変な目で見られると当たられました。

 わたしは、自分を責めました。勝手に付箋を貼ってごめんなさい。お父さんが、お母さんの友達と会っていたことを言ってごめんなさい。お母さんが、お金を使って知らないお兄さんのところへ行っていたことを喋ってしまってごめんなさい。

 どんどんわたしの中で黒い感情が広がり、わたしを汚していきました。


 父に、わたしのせいでプレゼンを失敗してしまったと。母に、わたしのせいで貯金がなくなったと。いろんなことで、当たられ続けました。
 それでも仲が良かった頃に戻って欲しかったわたしは、必死で笑ってました。自分の感情を押し殺して、表では【仮面】を着けて。


 父と母は、ある晴れた日にわたしを家から出しました。雨が降っても雪が降っても、父と母はなかなかわたしを家の中へは入れてくれませんでした。
 またわたしの中で、黒い感情がわたしを汚していきました。


 ある日、父が笑顔でお出かけしようと言ってくれました。母も、それに笑顔で頷いていました。わたしも嬉しくて、笑顔で頷きました。

 父が連れてきてくれた場所は、とても綺麗な海です。そこにあった、小さな木の舟に、わたし一人乗せられました。


「あおい。海はとっても綺麗な場所なのよ?」

「あおい。海はとっても静かな場所なんだよ?」


 そう言いながら、二人は海の方へ、その舟を押していきます。


「海の向こうには、あおいが上手に話せる外国語を話す人がいっぱいいるのよ?」

「あおいが、まだ知らないようなことが、この海の向こうにはたくさんあるかもしれないよ?」


 彼らは、海の中へ膝下まで入りながら押しました。


「わたしたちは行けないけど、思う存分、海の旅を楽しんでくるといいわ」

「きっとあおいなら、俺らがいなくても大丈夫だよ」


 わたしは、舟の上に座り、両親を見上げました。


「「あおい。いってらっしゃい」」

「おとうしゃん……? おかあしゃんっ!」


 とんと二人に足で舟を押され、どんどん波に攫われて沖の方へと、舟は進んでいきました。

 まだ泳ぐことができなかったわたしは、ただ舟の上で父と母を呼びました。泣きながら、叫びながら、必死に二人を呼び続けます。

 そして、自分は捨てられてしまうのだと、そう理解しました。少しずつ舟が沖へと進む度、二人の顔が嬉しそうに綻んでいったからです。

『ああ、よかった』
『これでやっと解放される』

 わたしの声に、二人は応えてくれませんでしたが、口元がそう、動いたように見えました。


 そうか。やっぱりわたしのせいなのだと。生まれてきてしまった、わたしが全て悪いんだと。あんなに仲の良かった母を父を、こんな風にさせてしまったのはわたしのせいなのだと。

 わたしは、自分を恨みました。
 だったらわたしが二人から離れることで仲良くなれるならと、もう叫ぶことはやめました。
 もう、帰ってこられなくなったところまで舟が行ったのを確認した両親は、わたしに背を向けて、二人とも違う方向へと帰っていきました。


 わたしが、実の両親に捨てられたのは、3つになる年のことです。