しかし、そろそろ行かないと向こうを待たせてしまうと思い、軽くシントの背中を叩く。
「シント、今日はオムライスがいいわ。もちろん愛がたっぷり入ったのよ?」
『行ってくるね。シントの分まで話してくるよ。だから、いい子で待っててね?』
話したあとに口パクで。
目元が涙でいっぱいだった彼にそう伝える。
「……っ。かしこ、まりました。おじょうさま」
『すきだよ。あおい。俺はお前なしじゃもう、上手く息だって吸えない』
葵は苦笑を浮かべたあと、涙でいっぱいの目元に音を立てないようキスを落とす。そんなことをされると思ってなかったシントの肩は、ビクッと大げさに揺れた。
「ありがとう。わたし大好きなの。シントが作ったオムライス」
『帰ったら二人で作戦練ろう。これ以上シントを、つらい目に遭わせたくない』
真面目な顔の葵に、シントは一瞬ぽかんとしたけれど、そのあとすぐ嬉しそうに顔を綻ばせた。
「それはよかったです。腕に縒りを掛けて作りましょう」
『やっぱり格好いいな葵は。お前の執事で、俺は幸せだ』
「楽しみにしてるわ。とろんってなるやつね? 絶対よ?」
『まっかせなさい! それまでもうちょっと、我慢してね』
「お任せください。それではお嬢様。またご連絡をお待ちしております」
『うん。……早く話そ? お前に言いたいこともやりたいことも、たくさんあるんだ』
そう言ってシントは葵を引き寄せて、音を立てずおでこにキスを返してくる。
「……え、ええ。それじゃあ……ね? い、行ってきます」
『絶対キスじゃん?! 今やったからチャラだよ!』
「はい。お気を付けて」
『バーカ。口じゃないと意味ないし』
完全復活した笑顔満点のシントに堪らずあっかんべえ。葵は思い切りドアを閉めたのだった。
「(やめた! 作戦練らなくても平気そうだから!)」
若干赤くなった顔を冷ましながら、呼び鈴を鳴らす。
『……はい。どちら様でしょうか』
「皇くんのクラスメイトの道明寺葵と申します。本日のお昼に約束をしております」
『伺っております。門を開けますので、中に入ってお待ちくださいませ。迎えを寄越します』
「ありがとうございます」
ゴゴゴゴ…………と、大きな音を立てて、門が開いていく。
先程まで音に気を付けていたから、ここまで豪快な音を聞くとスッキリした気分になるなあと思っていると、前から見知った人が。葵も歩みを進める。
「お迎え感謝致しますカエデさん」
「いえ。トーマ様から、酷い方向音痴だと伺っておりますので」
「(どんどん変な情報が出回ってるんですけどトーマさん……!)」
「大丈夫ですか? 頭がおかしいですか?」
そんなカエデの振りにも、前なら『だいぶ前から重傷ですよ』と言ってボケられたのだけれど。……期待に応えられず残念だ。
「いえ大丈夫です。ちょっと、悩みが一つ増えたなと思っただけなので」
葵の本性を知っているカエデは、僅かに眉間に皺を寄せた。
「……左様で御座いますか。何かあればお申し付けください。それでは、本日は本邸へとご案内させていただきます」
そう言ってカエデは、葵の少し右斜め前を歩き、時々こちらを振り返りながら誘導してくれた。
「(いや、そんな心配しなくても付いていきますから)」
どんな脚色を付けたんだ彼は。



