すべてはあの花のために⑤


「『だってわたし、結婚するつもりなんてないからさ』」

「――!」

「あの時ツバサくんにだけ言ったんだけど、どうやら広まってるみたいでね」

「……ご、ごめん」

「まあそれは全然いいんだけども」

「……それは、アンタがもう決めてしまってることだから?」


 ツバサはカップを置いて、真っ直ぐに葵を見つめてくる。


「わたしはさ、幸せにはなれないの」

「は?」

「だから、相手のことも幸せにしてあげられないの」

「おい」

「だからわたしは、結婚なんて。恋人なんて。恋愛なんて。もうできないって……ううん違うな。わたしは、しちゃいけないんだって思ってたの」

「葵」

「ごめんね? どうしてなのかは、言いたくなくて」


 カップを持つ手が、少しだけ震える。
 波打つコーヒーが見えたのか、ツバサにそっとカップを取り攫われた。


「いいよ。別に聞かない。お前が話せる程度で、言ってくれたらそれでいいから」

「……ありがとう」


 やさしい笑顔で。あたたかくて大きな手のひらで、震える手を包んでくれた。


「だから、恋愛に関しては無知も同然なの」

「……でしょうね」

「好きって気持ちもよくわからないまま、告白なんかされちゃったりして。……どうしていいか、わからなくて」


 きゅっと、包み込んでくれている手に力が入る。


「でもね、ある人が変えてくれたんだ」


 ――人を好きになってもいいんだと。
 でも、どうしても自分の中で、その言葉を受け止められなかった。


「だから、キサちゃんとユズちゃんに。……わたしも背中、押してもらったんだ」

「え。それって……」


 今度は葵が、ツバサの手を柔らかく包み込む。
 そして、期待が滲む声色と瞳に、今できる満面の笑みを。


「ツバサくん。わたし、もう一回ウェディングドレス着るから!」

「――!」

「絶対着てみせるんだから! わたしも、怖がってたらダメだからね!」

「葵……」

「夜遅くに呼び出しておいて申し訳なかったんだけど。伝えたかったのは、このことなんだ。ツバサくん、きっと心配してると思ったから。これだけは言っておきたくて」

「……そっか。……っ。そっか」


 ツバサは嬉しそうに、小さく呟いていた。