「『だってわたし、結婚するつもりなんてないからさ』」
「――!」
「あの時ツバサくんにだけ言ったんだけど、どうやら広まってるみたいでね」
「……ご、ごめん」
「まあそれは全然いいんだけども」
「……それは、アンタがもう決めてしまってることだから?」
ツバサはカップを置いて、真っ直ぐに葵を見つめてくる。
「わたしはさ、幸せにはなれないの」
「は?」
「だから、相手のことも幸せにしてあげられないの」
「おい」
「だからわたしは、結婚なんて。恋人なんて。恋愛なんて。もうできないって……ううん違うな。わたしは、しちゃいけないんだって思ってたの」
「葵」
「ごめんね? どうしてなのかは、言いたくなくて」
カップを持つ手が、少しだけ震える。
波打つコーヒーが見えたのか、ツバサにそっとカップを取り攫われた。
「いいよ。別に聞かない。お前が話せる程度で、言ってくれたらそれでいいから」
「……ありがとう」
やさしい笑顔で。あたたかくて大きな手のひらで、震える手を包んでくれた。
「だから、恋愛に関しては無知も同然なの」
「……でしょうね」
「好きって気持ちもよくわからないまま、告白なんかされちゃったりして。……どうしていいか、わからなくて」
きゅっと、包み込んでくれている手に力が入る。
「でもね、ある人が変えてくれたんだ」
――人を好きになってもいいんだと。
でも、どうしても自分の中で、その言葉を受け止められなかった。
「だから、キサちゃんとユズちゃんに。……わたしも背中、押してもらったんだ」
「え。それって……」
今度は葵が、ツバサの手を柔らかく包み込む。
そして、期待が滲む声色と瞳に、今できる満面の笑みを。
「ツバサくん。わたし、もう一回ウェディングドレス着るから!」
「――!」
「絶対着てみせるんだから! わたしも、怖がってたらダメだからね!」
「葵……」
「夜遅くに呼び出しておいて申し訳なかったんだけど。伝えたかったのは、このことなんだ。ツバサくん、きっと心配してると思ったから。これだけは言っておきたくて」
「……そっか。……っ。そっか」
ツバサは嬉しそうに、小さく呟いていた。



