――こいつは、こんなに綺麗な顔をして笑っていただろうか。
「(……儚く見えたから? でも。なんで。こんなに胸が。苦しい……っ)」
「ツバサくん、どうしたの? まさか心筋梗塞?!」
「……いい感じの時そんなこと言われたら治まるわっ!」
「え。痛くなくなってよかったんじゃないの?」
「うん。もういいわ。何でもないから」
「えー。なんだそりゃ」
すたすたと歩き出したツバサの横を、口を突き出して拗ねた葵が並んで歩く。
「(あーもうっ。なんなんだよこれ。今まで以上にこいつのこと……っ。あーもう! 心臓うるせえ……!)」
「ツバサくんがゴリラになった……」
「桜李のおじさんじゃあるまいし」
「そ、そうか。それはよかった。安心した」
変な会話をしながらも、二人してホテルへと歩いて行く。
「みんな心配してるかな」
「アタシといたの知ってるから、帰ってくるとは思ってるんじゃない?」
「え。なんでわたしだけの心配?」
「え。そりゃそうでしょうよ」
「え。本当に言ってる?」
「うん」
項垂れながらトボトボと歩く葵に、ふと気になったことを尋ねてみる。
「……ありがとうって、言っちゃダメなんだっけ」
「え? ダメというわけじゃないけど、言わなくてもいいよって話だよ。当たり前のことしかしてないから」
さっきの、話を聞いてくれたこと。
自分に、いつでも勇気をくれると言ってくれたこと。
そのことを、改めて聞きたかったのだけれど。
「(お礼を言いたいのに言えないって、なんかおかしくない?)」
胸の中がモヤモヤして、気持ちが悪くなる。それが、感謝さえ言えないことにか、それともそういう状況を作っている彼女にかは、わからなかったけれど。
「(……何か、代わりにしてやれること、ないかしら)」
「あ。そういえば」
「ん? 何かあったの?」
「わたしがおかしくなった時、誰が部屋に帰してくれたのかなって」
「……え。今……?」
「あれ? わたし何か変なこと聞いた?」
「……今、初めて聞いたの。あの時のこと」
「え? うん」
思わず頭を抱えた。「俺が言うのかよ」と、ぼやきながら。
「ツバサくん?」
「あー俺俺。俺がお前運んだ」
「ええ! そうだったんだね! ごめんね! ありがとう!」
「いいえー。おかしくなって秋蘭にもう一回キスしそうになったところを首裏に手刀入れて気絶させましたごめんなさーい」
「それは逆にお礼を言いたいんだけども……なんでそんなに素っ気ない?」
「いや。別に何でもない」
どっと疲れた。
きっと、大したこともしていないのに、感謝も謝罪もされたからだ。



