葵は元来た道を帰ろうとする。
「ちょ、待ちなさい。アンタ、ここがどこかわかってないのに」
「――大丈夫だ」
振り返った葵は、ツバサを真っ直ぐに見上げた。
「ツバサくん。……大丈夫だよ」
帰り道のことを言っているわけじゃないことは、ツバサにもわかった。
「ツバサくん大丈夫だ。君は、男の子だ」
「――!」
そして葵は、『どうやったって自分は男なんだ』と。女になりきれないツバサに言い聞かせる。
「……なに、いってるの……」
「ツバサくんは、生まれてから死ぬまでずっと男の子だよって言ってる」
「アタシは女になりきりたいの。ならないと、いけないのよ……!」
「わたしには、無理してるように見える」
「――! ……っ。無理、なんか……」
「そこまでどれだけ苦労してきただろう。まわりの目も気にしてきただろう。でも、それを乗り越えて今の君がいるんだろう。……でも、どうやったってツバサくんは男なんだ。『女である誰かの代わり』なんて、できないんだよ」
「――!」
弾かれるように、ツバサは俯きかけていた顔を上げる。
はっきりと強い言葉だったけれど、葵の表情はいつになくやわらかいもので。
「そもそも、誰かの代わりなんて、誰だって無理だ。それがたとえ同性だって不可能。でもツバサくんは、自己満足でやってるんでしょう? どうしてそうまでして女性の代わりをしようとしてるのかは知らないけど。……ツバサくんは、ツバサくんだよ?」
「……あ、おい……?」
葵は、震えるツバサの手をぎゅっと握る。
「ツバサくんはツバサくん。……そんな恰好してるけど、やっぱり男なツバサくん」
「へ?」
「立派なもんが付いてるツバサくん」
「いや、アンタ女の子なんだからそういうのあんまり言わない方が……」
「可愛いものを好きになろうと努力したのもツバサくん」
言う度に、握っているツバサの手を上下に小さく揺らす。
「自己満足で、可愛いものを集めて安心して、そんな恰好をしてるのも、ツバサくん」
「葵……」
「女に見えるように努力をしたのもツバサくん。どんなことがあっても、女の子になりきろうとしたのはツバサくんだっ」
むぎゅーっと抱き締めながら、頑張って背伸びをして彼の背中に腕を回す。
「誰かのために、そこまでしてあげられてるのもツバサくんなんだよ」
「――――」
ツバサの体に、力が入る。
「だから、自分がしてきたことを、自分が否定しちゃダメだよ」
「……っ、でも……」
「確かに君は男の子だ。それはどうあったって変わらない。…………え。性転換しないんだったよね?」
「なんで今聞くのよ。しないわよ、しない」
でもその一言で、体の力はふっと抜けた。



