婚約破棄されたので、契約母になります~子育て中の私は、策士な王子様に翻弄されっぱなしです~

 運動神経があまり得意ではないフローラは、庭でかくれんぼをするだけでも体力を大きく消費したのだが、そこからヴィルとルイトと三人でやった追いかけっこがフローラにとどめを刺した。

(眠い、眠い、眠い、眠い、眠い、眠い、眠い、眠い……)

 目を必死に開こうとするが、もう自分の意思ではどうしようもできないほどに瞼が重い。

「きゃっ! きゃっ! みて~! フローラ! クマさんごはんたべたよ~!」
「うん、ご飯食べたねー」

 フローラはクマさんを目視する一瞬だけ目を開き、すぐさま目を閉じて返事をした。

(アデリナも、世のお母様方も、こんなに苦労をなさっているの? それに、毎日こんな……なんて体力のいること……)

 フローラは自分の「子育て」の認識の甘さを反省した。


「ねえ、フローラ」
「なんですか?」

 今度はどんな遊びの誘いだろうかと思って返事をしたが、クマさんとのおままごとでも追いかけっこの誘いでもなかった。

「ママはどこ?」
「あ……」
「メリーは?」

(メリーって、侍女さんか誰かかな? そうだ、私たちは事情を知っているけど、この子にしてみれば、いつも遊ぶ私とずっと遊んでいるだけで、いつか家に帰るものだと思っている。いえ、むしろ三日も両親と離れて過ごすことができただけでもすごい)

 フローラはなんて声をかけていいかわからず、黙ってしまう。

(なんて言えば……ルイト様に、子どもにわかるようにどうやって説明すれば……)

「フローラ?」

 フローラは大きく深呼吸をすると、ルイトの正面に座り直した。
 そして、彼の視線に目を合わせて語りかける。

「ルイト様」
「ん?」

 ルイトは首を傾げて不思議そうな瞳でフローラを見ている。

「ママとパパ、それにお兄様は……またいつか会えます。きっと、だからそれまで私と一緒に遊んでいましょう」

 フローラの言葉を聞いてルイトは俯いた。
 しかし、すぐに顔をあげて彼は笑う。

「うん!」

 それ以降、ルイトは何も言わずにおもちゃを片付けると、布団に入って眠った。

(よかった……)

 フローラも安心し、そのまま気を失うように眠ってしまった。
 しかし、フローラが自分の言ったことが間違いだったと気づいたのは翌朝だった。


「うぅ……」

 朝の弱いフローラはゆっくりと目を開けた。

(体が痛い……)

 昨日走り回ったおかげで体中の筋肉が悲鳴をあげていた。

(あれ、今日はルイト様はまだ寝てる……?)

 そう思いながら、隣を見たフローラは一気に目が覚めた。

「ルイト様っ!?」

 フローラの眠っている間に、ルイトがいなくなってしまっていたのだ──。