すべてはあの花のために④


「いかないで」


 振り解こうと思えば振り解ける。
 そのくらい、弱々しくて、寂しそう。


「……うん。わかった。どうする? わたしは何をしたらいいかな」

「ちょっとだけ、ここにいて」


 そんなことならお安いご用だと、シントが座っているソファーに、ぴたりとくっついて座る。


「次は?」

「……さわっていい?」


 不安げに。でも返事を待たないまま葵の手に触れ、指を絡ませて、もう片方の手で頬に触れる。


「いいとことダメなとこがあるからね? それは守って?」

「ん」


 頬に触れていた手が腰に回る。首に、甘えるように顔が寄せられる。


「……どうしたのシント。お風呂で何を落としてきたの?」

「俺の欲望の塊落としてきた……」

「そ、そんなになるまで落としたの?」

「じゃないと葵、今頃俺に食われてるよ」

「それはダメだな。落としてきてくれてありがとう」

「いいえー」


 そう言ったすぐそばから、服の下に手が這ってくる。


「……っ、落としてないじゃん。全然」

「復活した。葵のせいで」

「いやいや勝手に復活しないでよ」

「というのは冗談で。……本当は、安心したかったんだ」


 すると彼は葵を抱き締めて、そのままごろんと横になる。


「だって昨日何の連絡もなかったし」

「うん。ごめんね」

「文化祭が終わった日から、葵の顔まともに見られてないし」

「うん」

「カナデくんの家に泊まったとか言われたら心配するじゃん。彼の家ヤ○ザだし」

「ははっ。楽しかったけどね?」

「それでも男ばっかり。焦るに決まってるじゃん。しかも泊まりとか」

「キサちゃんいたけど」

「朝早くにアキから電話が来たかと思えば、帰ってきてもまたすぐにいなくなるって言うじゃん? そこでまた病院泊まるとか言われてさ、しかもメールで」

「悪かったってそれは」

「帰ってきても俺との会話もなく学校行って、また泊まるとか言われてさ。……心配するに決まってるでしょ!」


 シントはただ、怒っていた。無理をし続ける葵を思って。


「何日帰ってこなかったと思ってるの! しかも連絡が次の日の3時ってどういうこと! 俺それまで寝ずにいい子して待ってたのにッ!」

「そ、それはすまなかった」

「絶対に昨日は寝ちゃいけなかったって、葵もわかってたのになんで寝たの。誰。葵のこと無理矢理寝させたのはっ!」

「……わたしがね、心配掛けちゃったんだ」

「……心配って?」

「震えが、止まらなかったの。怖くて。理由を聞かれて、言えなかった。……嘘、つきたくなくて」


 目の前のシントのパジャマを、ぎゅっと掴む。シントはただ、やさしく頭を撫でてくれた。


「帰ってやることできてないから、この三日そんなに寝られてないんでしょ? 怖かったね。よしよし」

「でも、今日はその分寝るよ。シントもいてくれるし、安心だから」

「俺も安心できた。今、やっと」

「ん?」