すべてはあの花のために④


 できればそうあって欲しくないと願いながら、小さく咳払い。


「あなたはご存じないでしょうが、彼のそばには今、彼を心配しているお友達がついています。朝からずっと」

「……朝、から……?」

「ヒエンさん。彼は、話したいと思っているんですよ」


 彼は弾かれるように顔を上げた。


「ヒエンさん。まだわたしを連れ回しますか? あなたはまだ、ご自宅に帰れませんか? ……パニック状態になっている彼を、見るのがつらいから」


 人につらい過去を話すのは容易なことではない。誰だって、話さなくて済むならそうするし、同情なんてして欲しくない。ましてや、今まで仲良くやってきた友達に知られたくないようなことなら尚更だ。

 それでも彼は強くなろうとした。自分の声を、聞いて欲しいと言った。
 今度でいいから、昔話を聞いてもらえるかとまで、言ってくれたんだ。


「彼は強くなりたいんです。それなのに、叔父であるあなたが彼よりも弱くてどうするんですか。……そんな中途半端な覚悟なら、わたしが彼を引き取ります。彼も彼の母親(、、、、)も大切なくせに、いつまでもぐじぐじぐじぐじ。あなたに任せてはおけません!」


 言い切った葵に、彼は目を見張ったまま動かなくなる。


 その状態がしばらく続いて、何故か葵たちの目の前に、パンダカーが停まった。


「あーお嬢ちゃん? こんなところで何してるの。危ないでしょ。早く歩道に行きなさい。心配した人から通報が来たんだよ、変な子がスマホに向かって叫んでるって。お願いだから俺らの仕事を増やさないでね」


 おーっとまさかの警察さん?!
 こんなところでほんとお世話になるなんてッ!!


「すっ、すみませーん。ちょっと親子喧嘩? しちゃって! ほ、ほらお父さん早く帰ろう? しょうがないから今日の晩ご飯は、お父さんの大好きなバナナにするから!」


 おかげで警察の人たちはただの親子喧嘩だと勘違いしてくれたみたいで、「今後はやめてよー?」とため息をついて去って行った。パンダカーが見えなくなったのを確認して、大きく安堵の息を吐く。