ヒエンはゴールドカードを持って玄関へと向かう。そこには、小さく蹲って震えている葵の姿があった。勢いよく出たはいいものの、エレベーターが動かなかったのだろう。
葵の小さな肩にそっと手を置いて、エレベーターを呼ぶ。少ししか触れていないのに、葵は飛び上がるほど大きく体を跳ねらせた。
「お嬢ちゃんはやっぱり阿呆なんだな」
葵は何も話さなかった。カタカタ震える体を鎮めようと、自分の荷物を強く強く抱き締めているだけで。
エレベーターが来て、葵は立ち上がろうとした。でも足も震えていて、思うように立つことができない。見かねたヒエンが葵を抱きかかえ、そのままエレベーターへと乗り込む。
「……そんな状態でどうする。送ってやろうか」
抱えている葵は、震えかどうかよくわからない程度に、首を横へ何度も振っていた。
取り敢えずヒエンは、地下駐車場ではなくエントランスへ出ることに。すると、執事服を着た男が一人、朝日を背に立っていた。
「申し訳ありません氷川様。お嬢様がご迷惑をおかけ致しました」
目の前の男が、自分たちの方へと近づいてくる。
「(……なんだこの男。どうして、こんなお嬢ちゃんを見ても冷静でいられる)」
恐らく葵の執事なのだろうということは最初の一言でわかったが、男は顔色表情一つ変えず、震える葵が持っている荷物を受け取ったあと、彼女を迎えるようにそっと手を伸ばす。
「……っ。し、んと……っ」
消え入りそうな、泣き出しそうな声で、彼女も必死に執事へと手を伸ばす。怪訝に思いながら、ヒエンは葵のことを執事に預けることにした。
葵はシントと呼ばれた執事の首に腕を回し、しがみついたまま泣き始めた。そんな葵の背中を、ぽんぽんと叩く彼の顔は驚くほど穏やかで。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。またお嬢様が落ち着きましたら、お詫びに伺わせていただきます」
深く頭を下げたあと、彼はエントランスを優雅に出て行った。
「(あの執事、お嬢ちゃんがああなるって知ってたのか。……いや、見込んでやがったな)」
二人の背中を見送りながら、ヒエンは眉を顰めていた。



