それからすぐにヒエンも起きてきたので、みんなで朝ご飯に。じゃんけんに勝ったアキラが、代表して葵を起こしに行くことになった。
アキラはゆっくり扉を開いて、部屋の中に入る。
「(……まだぐっすり眠ってる)」
起こすのに少し気が引けながら、アキラはそっと葵の頬に触れた。
「(よかった。顔色がよくなって)」
「んん……」
ほっと安堵していると、葵が身動ぎをしてうっすら目を開けた。
「おはよう葵。みんなで朝ご飯にしよう」
「……ここ、どこ……」
「(寝ぼけてる。可愛い)」
まだ目が開ききっていない葵の頭を撫でながら、「ここは桜李の家。昨日ここに泊まっただろう?」と答えると、撫でられるのが嫌だったのか、その手は気怠そうに払われる。そして返ってくるのは「……オウリ?」と疑問形。
葵はアキラの手首を掴みながら、もう片方の手は自分の頭に持って行き、ゆっくりと体を起こしていく。「お、うり。おうり……、オウリ……」と呟きながら、徐々にアキラへ焦点を合わせた。
「……葵。大丈夫か? 頭が痛かったり」
「あなた、は……」
「(あなた?)秋蘭だけど」
「あ、きら。……あきら。……スメラギ、アキラ?」
「そう――、……?」
その言い方はまるで――名前だけを知っている人のようで。
「スメラギ、アキラ……」
「……葵、だよな」
有り得ないとわかっていても、アキラはそう尋ねていた。
葵に、――妙な【違和感】を感じたから。
けれどその質問に返答はなく、彼女は幽艶に微笑むだけ。
アキラは背筋が冷えた。理由もわからず、距離を取ろうと後退る。
でも掴まれている手首に痛みが走り、思うように逃げられない。
彼女は、不安げなアキラに舌舐めずりした。まるで獲物を見るような、赤くぎらつかせた瞳で。
蛇に睨まれた蛙のように、腰が抜けて動けなくなったアキラを見下ろしながら、彼女はアキラの左頬に触れた。
「……っ、あっ。葵……?」
そのまま左耳に触れられたアキラの体は、ピクッと跳ね上がった。その反応に満足そうに口角を上げた彼女だったが、そのあとすぐに眉を顰める。
「……カフが、ない」
「えっ?」
「……ああ。だから、すぐには気づかなかったんだわ。まああの時はまだだったけれど」
アキラは首を傾げた。彼女が口にした言葉の、理解が追いつかなかったからだ。
けれどその答えにたどり着く間もなく、妖艶な彼女の腕がアキラの首に回ってくる。
「よかったわね。外せて?」
「――!」
囁いた彼女の唇が、僅かに耳朶を掠めて、アキラはようやく正気を取り戻した。
「葵! お前また、体が冷たくなって……ッ」
アキラは温めようと、まずは彼女の体を抱き締めることにした。一瞬驚いたように体をこわばらせたが、すぐに可笑しそうに……愉しそうに、彼女は嗤い始める。
「……あ、おい……?」
「もうすぐ……もうすぐよ」
背中に回った彼女の手は、触れ合う頬は、まるで死人のように冷たくて。
「……もうすぐ、会えるわ。スメラギアキラ」
彼女はその言葉を最後に、気を失ったように眠りに落ちた。



