すべてはあの花のために④


「でも、俗に言う……不倫現場? みたいな現場を目撃しちゃって」


 でもそれは、どうやら思い違いらしい。
 カナデの顔が険しくなる。きっと、最低男だと思っているのだろう。


「すっごく仲が良くて。……なのに、どうしてそうなっちゃったのかなって」

「(アオイちゃんも、もしかしたら俺みたいに裏切られたような、そんな気持ちだったのかな)」


 カナデの顔がつらそうに歪んでくる。
 それでも、きちんとこの話をしないと、彼が本当に返事を聞きたいかわからないから。


「でもね、それは奥さんの方も」

「え」

「二人ともがね、そういうことしてたんだ。その現場を、たまたままた目撃しちゃって」


 カナデがどんな顔をしてるのかは大体想像が付く。
 だから葵は、辺りが明るくなってきた空を見つめた。


「覚えてるかな? カナデくんが4月ぐらいにそういうことしてたでしょう? 先生と」

「――! あっ、あれは」

「ふふっ。情報聞いてたんだよね?」

「……う、ん……」


 すっかり落ち込んでしまったのか、肩へと戻ってきた頭は重かった。


「そういうのを見るとどうしても思い出してしまうんだ。カナデくんが悪いわけじゃないよ? だから落ち込まないで?」


 頭を撫でると、小さく「うん」と返事が聞こえた。


「そういうのもあって、好きって何なのか、愛って何なのか、結婚って何なのか、本当によくわかってないの」


 お腹に回る腕と繋いでいる手に、力が入る。


「……だから、今精一杯出せる君への気持ちを考えたんだけど、聞いてくれちゃったりしてくれませんかねー?」


 今まで話していたトーンより少し声を高する。


「……うん」


 彼は、ぎゅっと一度力を入れた。


「アオイちゃんの、今の精一杯の返事、聞かせてくださいな?」


 顔を出した朝日に照らされたせいか。
 笑ってくれた彼は、いつもよりもっと……格好よかった。