「しんと。寝られないの。いま。寝ちゃったら、もう……っ」
『ん。明日は学校休みな?』
「でも。みんな。心配するから」
『家庭の用事って言えば納得するよ』
「……そ、か。うん。じゃあ。そう、する」
『迎えいる?』
「うん。駅まで。お願い。します」
『そこまで行ってあげるのに』
「みんなが。いるから」
『そのまま用事に行くって言えば?』
「あ。そっか。……じゃあ、ここまで。お願いします」
『りょーかい』
すると、小さくからからと。入り口の引き戸が開く音がする。振り返ると、ベランダへオウリが出てきていた。
「あ。おうりくんだ」
『桜李くん?』
眠たそうな目をこすりながら、こちらにトテトテと近づいてくるオウリに、もちろん「じゅるっ」と涎を啜る。
『お願いだから食べないでよ……?』
啜る音に恐怖を感じたのか、電話越しにシントに注意されていると、オウリは『どうしたの?』と、首を傾げている。彼にとっては葵の涎など、いつものことなのだろう。慣れって怖い。
「……どうしよう。パクッといけちゃう」
『お願いだからやめて』
また注意されながら、「今シントと話してるの」とオウリに教えてあげる。
『……ねえ葵、桜李くんに替われる?』
「え? ちょ、ちょっと待って?」
いきなりのことで、慌てながらオウリに尋ねてみる。すると彼は一気に目が覚めたように、真剣な面持ちで頷いた。
「オウリくん大丈夫だって」
『そう。じゃあお願いできる?』
葵はオウリにスマホを渡して、彼らの会話が聞こえないよう、壁際へ移った。



