すべてはあの花のために④


「しんと。寝られないの。いま。寝ちゃったら、もう……っ」

『ん。明日は学校休みな?』

「でも。みんな。心配するから」

『家庭の用事って言えば納得するよ』

「……そ、か。うん。じゃあ。そう、する」

『迎えいる?』

「うん。駅まで。お願い。します」

『そこまで行ってあげるのに』

「みんなが。いるから」

『そのまま用事に行くって言えば?』

「あ。そっか。……じゃあ、ここまで。お願いします」

『りょーかい』


 すると、小さくからからと。入り口の引き戸が開く音がする。振り返ると、ベランダへオウリが出てきていた。


「あ。おうりくんだ」

『桜李くん?』


 眠たそうな目をこすりながら、こちらにトテトテと近づいてくるオウリに、もちろん「じゅるっ」と涎を啜る。


『お願いだから食べないでよ……?』


 啜る音に恐怖を感じたのか、電話越しにシントに注意されていると、オウリは『どうしたの?』と、首を傾げている。彼にとっては葵の涎など、いつものことなのだろう。慣れって怖い。


「……どうしよう。パクッといけちゃう」

『お願いだからやめて』


 また注意されながら、「今シントと話してるの」とオウリに教えてあげる。


『……ねえ葵、桜李くんに替われる?』

「え? ちょ、ちょっと待って?」


 いきなりのことで、慌てながらオウリに尋ねてみる。すると彼は一気に目が覚めたように、真剣な面持ちで頷いた。


「オウリくん大丈夫だって」

『そう。じゃあお願いできる?』


 葵はオウリにスマホを渡して、彼らの会話が聞こえないよう、壁際へ移った。