すべてはあの花のために④


 ご飯も食べず、話さず笑わず、ただ毎日水だけを飲んで過ごしていたある日、お母さんがこう言いました。


「おーちゃん、一緒にお父さんのとこに行こ?」

 そう言ってお母さんは、おれの首に手を伸ばしました。

 ご飯も食べていなかったおれは、もう抵抗する気力も、逃げる気力も残っていませんでした。
 でもまた、お父さんとお母さんと一緒に暮らせるのかもしれないと、少し嬉しくもありました。


 でもお母さんの力は一向に入ってこなくて、ただ首元に手を置いて、涙を流していました。



 そんな時、またたまたまおじさんが家に来てくれました。

 そんな状態になっているおれたちを見て、おじさんはお母さんからおれを引き離しましたが、それからお母さんは狂ったようにおれの名前を叫び出しました。

 その時のお母さんの目がとても怖くて、おれはただただおじさんにしがみつきました。

 おれに向かってきそうになっていたお母さんを、おじさんは押さえつけていました。



 お母さんはもう、だいぶ前から壊れていました。
 それでも今まで保ってこられたのは、毎日見ていたお父さんの写真のおかげなのかもしれません。


 押さえつけられながら、お母さんはおれの名前を叫びました。


「あんたはわたしの子だ! わたしがいいって言うまで誰にも喋るんじゃないわよ!」


 その時のお母さんの狂ったような叫び声と目は、今にもおれを殺してきそうでした。



 それからおじさんが、お母さんを病院に連れて行ってくれました。そこに行っても、おれを見て暴れ出すお母さんが、おれは怖くなりました。

 それからすぐに、おじさんがおれを引き取りたいと言ってくれました。弱り切っていたおれも、同じ病院で入院していた時のことです。
 おれはただ、お母さんのそばにいることが、会ってしまうことが怖くて。


「お母さんが怖い」
「会いたくない」
「おじさんはそばにいて」

 泣きながら、おじさんに頼みました。



 その言葉を最後におれは話せなくなり、笑うこともできなくなりました。
 おれが退院する時、おじさんが何かを持ってきました。それは、お母さんがいつも着けていた【タンザナイトのブレスレット】です。

 おれが退院することを、少し精神状態が落ち着いていたお母さんに話したそうです。
 そうしたら、肌身離さず持っていたそれを渡してくれたそうです。おれを、守ってくれるからと。


 おれはこの時後悔しました。
 なんでお母さんを怖いと思ってしまったんだろう。
 どうして会いたくないなんて言ってしまったのだろう。


 もう話せなかったおれは、いつか話せるようになったら絶対に謝ろうと決めて、それを受け取りました。