「……今のわたしができるのは、ただ『願い』を叶えるだけです」


 家に、バレてしまわないように。
 ……知ってしまったらもう、みんなとはいられないから。


「ありがとう。一生懸命、その願いを叶えてくれて」

「理事長。もう報告には、もしかしたら来られないかもしれません」


 彼は、悔しそうに顔を歪めた。「それはとっても、悲しいことだね」と、呟いて。


「だからどうか。あなたの『願い』が叶った時は……っ。わたしの『願い』を叶えてください!」

「……うん。必ず」


 そっと葵を引き寄せた理事長は、とんと背中を叩いてくれた。まるで、全部こぼしてしまいなさいと、言われているようだった。


「……っ、こんなわたしを。桜へ入れてくれて。ありがとうございました。友達も。たくさんできて。とっても幸せでした」

「こらこら。足掻くんだろう?」

「それぐらい、わたしはあなたに。みんなに。みんなの家族に。感謝してます。……もし、わたしが言えなかったら、みんなのご家族にもお礼、ちゃんと言っておいてくださいね」

「それも君の『願い』だ。ちゃんと、叶えると約束しよう」


 葵はしばらく理事長の温かい腕に抱き締められた後、静かに退出した。


 ❀ ❀ ❀


「……はあ。彼女の声を聞くだけで、胸が押し潰されそうだ」


 葵が出て行った理事長室で、彼は内ポケットの中から何かを取り出す。


「それにしても、まさかぼくまで駒にしてしまうなんてね」


 理事長は、それを封の中に入れる。恐らく、あとでポストに投函するのだろう。


「今回は、本当に耳が痛かった。心も痛すぎる」


 理事長は椅子に深く腰掛けた。ずしりと体が沈み込むのを感じながら、首に掛けている鍵を服の上から握り締める。


「……たのむっ。もうっ。じかんが、ないんだ……っ」


 悲痛な声とともに、一筋の涙が頬を滑り落ちた。