そうして彼女は、苦しそうな顔をして自分のお腹に手を当てた。
「……犯罪者は。わたしの方よ……」
悔しさに、カリンの目からはぽろぽろと涙が零れ落ちる。
「折角あの人が最後に託してくれた命だったのに。……あの人からの最後の愛を、わたしが殺したんだもの」
葵は、彼女の背中にそっと触れた。
「それからはもう、わたしは心を壊してしまったわ。あの人からの愛を見るだけで、わたしは自分が殺人者だと思った。もう、こんなわたしには、あの人の愛を守ることはできなかった。……だから。楽に、なりたかったの。あの子と一緒にあの人のところへ、行こうと思ったわ」
「でも、旦那さんの愛である彼を殺すことなんて、あなたはできなかった。あの時、エンジュさんが来るまで、あなたは彼の首に手を添えただけで、力なんか入らなかった。……そうでしょう?」
ヒエンは、目を見開いていた。
きっと彼は、そのことを知らなかったのだろう。
「……あおいさんは、あの子から聞いたのね」
「はい。でも彼は、あなたに謝りたいことがあるそうなんです」
思ってもみなかったのだろう。カリンはきょとんとした。
「どうして。わたしがあの子をそうしてしまったのに……」
「カリンさん」
葵はギュッと、カリンの手を握った。
「あなたは、これで元の格好よくて男勝りなカリンさんです」
「え?」
葵はふわりと笑ったあと、カリンの目元を、そっと手で覆い隠す。
「あなたは今、きちんと自分の気持ちと向き合えました。自分の言葉で、自分の気持ちをわたしに話してくれました。これでもう、あなたは弱くありません。今のあなたは、とっても強かった頃のカリンさんに元通りです」
「……ふふ。ええ、そうね? もうわたしは、壊れない」
そっと手を外して、にっこり笑った。
「カリンさん。あなたは気づけますか? あなたの壊れた心を、ここまで一緒に直してきた人のこと」
彼女も、にっこりと笑い返してくれた。
「もちろん知ってるわ。あの人の弟なのに全然面影がなくって……ふふ。ゴリラみたいな人よ?」
「おお! すごい! 大正解です!」
後ろの方で「俺はゴリラですか、先生……」「天性の才能です」と、わけのわからない会話が聞こえたが、今はスルーしておこう。
目の前の彼女が、本当に嬉しそうに話していたから。
「すっごく力持ちでね?」
「ほうほう」
「とっても体が大きいの!」
「ふふっ。そうですね?」
ヒエンは聞くのが嫌になったのか、耳を塞ごうとしていた。
「でも、誰よりも優しくてね?」
「ふむふむ」
「誰よりもあったかくって」
「おおそうですか。毛皮のおかげですな」
葵の言葉に「そうかもしれないわね」と、笑顔で冗談が返ってくる。
「……わたしのこと、とっても大事にしてくれる人なの」
「そうですね。大事すぎてちょっと不器用さんなところもありますけど」
戸惑っている様子のヒエンに、カリンと二人でクスクスと笑い合う。
「カリンさんばっちりです! もう格好いいカリンさんに元通りだ!」
「やった! あおいさんのおかげで、わたしはやっと彼に『好きです』って言えるわっ」
「さっすがカリンさん! かっこいー!」
「でしょでしょ~?」
顔を真っ赤にして動揺しているヒエンは、ひとまず置いておいて。



