「わあっ!」
「おっと。……大丈夫ですか?」
「す、すみません……」
その力が思ったよりも強かったせいなのか。勢いがよかったせいなのか。それとも葵の足に上手く力が入らなかったせいなのか、葵は彼の腕の中に収まってしまった。
「いえ。私は大丈夫ですよ」
「――――」
そして、自分を『私』と言う彼に、パズルのピースがピタリとはまる感覚に陥る。
しかし、こんなことを考えている場合じゃなかった。予鈴が鳴り始めてしまったのだ。
「先輩、急ぎましょう」
手を取られた葵は、彼に引っ張られながらダッシュで学校へと走り出す。
「(なっ。なになになに……ッ! このベタな展開は……っ!)」
彼の温かい手に引っ張られ、予鈴が鳴り終わるまでには無事、学校の敷地内に入ることができた。
「はあ。はあ。……っ、はあ」
「だ、大丈夫ですか?」
最終的に、引っ張ってくれた彼の方が息を切らしていたけれど。
「ど、道明寺先輩は。す、すごいですね。……息。ひとつも。切れ。な……」
「む、無理に喋らなくても……」
でも、彼がここまで頑張ってくれなければ、きっと今頃葵は遅刻していただろう。
「あなたのおかげで、間に合いました。ありがとうございます」
だから、きちんとお礼は伝えておこうと思っただけなのだけれど。
何故か彼は、葵の顔を見て固まってしまった。
「あ。……すみません。あなたの笑顔が見られて、嬉しくて」
「……!」
――ああ、ダメだ。どうしても、重なってしまう。
「……っ。じゃ、じゃあ。わたしはもう行くので」
このままでは彼にも失礼だと、自分の煩悩を振り払いながら立ち去ろうとした。
「道明寺先輩!」
後ろから声が掛かる。もちろんそれは先程の彼だ。
「1-Sの月雪 蓮と言います! よければまた、お話しさせていただけないでしょうか!」
「……はいっ。それでは、また」
葵は一度だけ振り向いて、笑顔でそう答えた。



