「ただそれだけの話なんだ。だから……ごめんね」


 葵は彼の腕から抜け出して、歩いて行こうとした。
 けれど「待て」と。チカゼが葵の腕を掴んで離さない。


「わかった。それはそういうことにしといてやる」

「だから、そういうことなんだってば」

「だったらいいだろ。逃げんな」


 いくら力を入れようとも、梃子の原理を使えば簡単に外せた。


「もう一つ。あれは、オレが暴走した時。お前が、髪切ってまでオレを助けてくれた時の話だ。あの時のお前、ちょっとおかしかったよな。異常に強かった。見てて怖いくらいに」


 けれど、抵抗はやめておいた。


「……なあ、教えてくれよ。どうしてあの時、お前はおかしかったんだ。あの時だけじゃない。……アキに何言ったんだお前。お前もおかしかったけど、アキの様子も尋常じゃなかった。別に、興味本位で聞いてんじゃねえ。お前が心配だから。お前が大事だから! 何かあったのかと思って聞いてんだ!」

「……何のことだかわからな」

「オレはもうお前に踏み込むって決めたんだよ」

「…………」

「お前が踏み込んできてくれた分、オレはお前に返すつもりでいる」

「……わたしが、そうして欲しくなくても?」

「別に、おかしい原因がわかってるならそれ直せばいいだけじゃねえの。よくわかんねえけどよ。それは、お前が知ってんじゃねえの」


 葵は何も言わない。反応もしない。


「言わないってことは、知ってんだな」

「…………」

「でも、それは自分じゃどうすることもできねえと。……だったらオレが何とかしてやる。だから、お前も強くなれや。オレがちゃんと聞いてやるから」


 黙り込む葵の顔を、チカゼはそっと覗き込む。


「ふふふふふふふ」

「――!?!?」


 葵は、不気味なほど、怖い笑みを浮かべていた。口角が、まるで絵に描いたように異常に上がっている。


「それはねえ……内緒!」

「はあ?!」


 葵はスキップしながらチカゼから距離を取る。


「秘密が多い人って、魅力的でしょう?」

「意味わかんねえこと言ってんじゃねえ」

「……これはね、言いたくても言っちゃいけないことなの」

「――!」


 目を見開く彼に、葵が返せるのは困ったような笑顔だけだ。


「言ってしまったら、最後だから……」

「……それ、どういうことだよ」

「そういうことだよ~ん! だから、知りたかったら頑張って調べてね~って感じ……――ダッ!」

「はあ?! ちょ、おい! 待てアオイッ!」


 葵はダッシュで駆けていった。
「またあとでね~」と、手を振りながら。