「(ぷしゅ~~……)」
「へ? お、おい!」
完全にへたり込んでしまい、足にも上手く力が入らない。
「え。腰抜けたんお前」
「うっ、うるさい……!」
「ダメだって。今そんなこと言っても可愛いだけだよ」
「~~……ッ!」
必死で言い返しても、返ってくるのはツンでもデレでもなく、甘々ばかりで。
……だ。誰か。誰か助けて。
このままだと本気で、鼻血が出る。
「さて、どうすっかな。お前が立てねえとなると、病院は後回しか担いで行くしか」
鼻息荒く、葵は踏ん張って立ち上がる。おかげで詰めたばかりの鼻栓がポンッと飛んで行ったけど。
「た、立てるもんっ!」
「へえ。もう一回してやろうか」
チカゼの手が伸びてきそうになったので、葵は手を突っ張ってガード。
「だ、ダメ! わたし、こういうことはちゃんと好きな人とって決めてるの!」
「オレのこと好きになれよ」
しかし、超本気モードの彼にはそんなもの何の抵抗にもならないようで、あっけなく手を取られる。
「こっ、こんなことしてる場合じゃないでしょう!?」
「……オレ、そんなにお前に嫌われてんの」
「へ? ち、チカくん?」
しゃがみ込んでしまった彼の頭に、何故かしょんぼりしているネコさんのお耳が生えて見えた。
「……嫌いなわけないよ。でも今は、一刻も早くおばあさまの顔を見に行ってあげないと」
「……きらいじゃ、ない?」
「うん。わたしが、どうしてチカくんのこと嫌うと思ったの?」
「……思っては、ないけど」
「ないけど?」
顔を覗き込むように屈んだら、彼の顔がゆっくりと上がってくる。
「まあ、意識せざるを得ないくらいの隙はできるかなと」
「うん? どういうこと?」
その質問に、答えは返ってこなかった。
ただ唇に、かさついた何かが、触れただけ。
「……取り敢えず、絶対オレに惚れさせてやるから、覚悟しとけってことで」
彼は何事もなかったかのように立ち上がり、頭の後ろに手を組んで歩いて行く。けれど、それどころでなかった葵は、確かに触れ合った唇に、すっかり真っ赤になってへたり込んでしまったのだった。



