「さっきは悪かったわね」
「ううん。うちの執事の躾がなってなくてごめんね? よく扱いておきます」
今度は助手席に回ってきたので、葵も車から降りて話をすることに。
「いやいや。十分いい人だからやめて」
「ツバサくんがいいなら……?」
指を鳴らしていた葵の手は、そっとツバサに止められた。
「それはそうと、修行は何か掴めたの?」
「うん! 置いて来られたんだ!」
「え? 置いてきたの?」
「うん。……今のわたしには、これが一番だと思うから」
一体何を置いてきたのか。尋ねられる前に、空を見上げる。
「ツバサくん。チカくん、大丈夫かな……」
満天の星空だったはずなのに、そこには分厚い雲がかかり始めていた。
「……きっと今あの子は、病院にいるわ」
「病院に?」
「あの子は、孤独だから」
ツバサが車に背を預けながら、葵の視線を追うように天を仰いだ。
「……アンタは知ってるわよね。一回チカが暴走したから」
「……うん」
それは、マサキたちに襲われた時。
初めは、怒りで溢れていると思った彼の瞳が、悲しさや寂しさへと染まっていたから。
「……ただね、寂しいだけのよ」
悲しくて寂しくて。泣いていたんだ。
「ツバサくんは、チカくんが心配?」
「ええもちろん。心配よ」
「それは、彼が孤独だから? それとも、……暴走することが?」
「――!」
葵が鋭くツバサを見つめる。
その目に射貫かれたツバサは、一瞬動けなくなった。
「あ。ご、ごめん。別に睨むつもりはなかったんだ」
「え」
と思ったら、急に申し訳なさそうに葵が表情を崩す。
「そりゃ心配に決まってるよね。何言ってるんだろうね、わたしってば……」
「ははは」と、頑張って笑ってみるけれど、やっぱり上手くは笑えなかった。



