すべてはあの花のために④


 トーマの手が、そっと葵の手を上から押さえるように握る。


「帰っちゃうんだよね」

「そう、ですね」


 少し、押さえつける手に力が入る。


「……どうしよう。思った以上に寂しい」

「トーマさん……」

「ここにいてよ。帰らないで」

「それは……」

「行っちゃやだよ。会えるなんて、……っ。わからないじゃないか」


 不安に震えるトーマの手に、自分のそれを重ねる。


「……会えます。必ずです」

「……あおい、ちゃん……」

「トーマさん。さようならじゃありません。わたしはもう、さようならなんて言いません」

「……それ、って……」

「だから、トーマさんも頑張って大学受かってください。発表、楽しみにしてますっ」


 言い終わるが早いか、ぐっと腕を引かれた。


「受かる。必ず」


 力強く、あたたかく葵を包み込んでくれる腕が、とても心地よい。


「……はい。トーマさんなら絶対受かります」

「まあね。俺だし」


 トーマの腕の中で、二人は視線を交わす。


「結果。楽しみにしててよ。一番に報告するからさ」

「流石にご両親を一番にしてあげてくださいよ」


「えー」と避難する顔は、楽しそうに笑っていた。


「それじゃあ、家族の次。その一番に、葵ちゃんに言う」

「はいっ。それはとっても楽しみです」


 葵の笑顔を間近で見たトーマは、再び自分の腕の中に葵を閉じ込めた。


「葵ちゃんも、頑張って。絶対にまだ、枯れたらダメだからね」

「もちろんですよ! まっかせてくださいっ」



 そうして二人は笑い合う。


 綺麗な花たちを。
 少しずつ明かりが灯る町並みを。
 沈んでいくオレンジ色の夕日を背に――……。