すべてはあの花のために③


「断髪式~」


 葵が髪を切る準備をしてくれている様子を、アカネは楽しそうに見ていた。


「いやいやあおいチャン? おれは力士じゃないから」

「ハサミ入刀~」


 ルンルンで葵がアカネの髪の毛を切っていく。


「うん。それも違うけど。楽しそうだからいいやあ~」


 アカネは目を閉じて、ただチョキチョキと自分が現実から逃れるために伸ばしてきた髪が切られる音だけ聞いていた。


「アカネくんはねー、ちょっと癖っ毛さんだからー、それを生かした髪型にしたいと思いまーす」


 彼女の声が心地よくて、アカネは船を漕ぎそうになる。


「寝ちゃったら眉毛全剃りだよ~」


 めちゃくちゃ怖いことを言われたので、そこからはぱっちり目が覚めた。


「うんっ。まあこんなもんかな! 名付けて、“AOI”プロデュース!」


 首に掛けていたビニールをバサッと取られる。


「あ! まだ見ちゃダメー! 今からシャンプーという名の水浴びをして、しっかり髪を落としまーす」


 そう言うや否や、まさに「美容室ですか?」と言いたくなるほどの整備された洗面所に案内されて、葵がアカネの頭にやさしくお湯を掛けていく。


「湯加減は如何ですか~?」

「とっても気持ちがいいで~す」


「そうですか~。それはよかったー」と言いながら、葵はアカネの髪を緩く梳いてくれる。


「(至れり尽くせりだけど。なんか変な気起こしそう……)」


 その間アカネは、必死に自分自身と戦った。


「はーい。それじゃあ乾かすので、ドライヤー取ってきまーす! ちょっとタオルで拭いて待っててー」


 そう言って葵はドライヤーを探しに行ったんだけれども、「(あおいチャンにはそんな気一つもないのに、ついつい意識しちゃうおれも変態さんかも……)」的な考えを払拭しようと、ガシガシ思いっきり拭いてやった。

 すると葵がドライヤーを発見してきたみたいで、乾かしてくれた。


「(人に頭触ってもらうのって、気持ちいいよね~)」


 最後に少しだけ気になっているところと、襟足を剃ってもらった。