「……あおい、チャン……」
スクリーンにはまだ、アニメが流れている。しかも、絶対葵が好きであろう北斗〇拳。
「こんなに握り締めてたら、お手々痛くなっちゃうぞ?」
以前自分が、彼女に言ったものをそっくり返されてしまった。
葵はふわりと笑って、固まってしまったアカネの指を、一本ずつ丁寧に開いていってくれる。
「(……なんだ。そっか)」
きっと、彼女は最初から気づいていた。
彼が学校に来ないことも。みんなが彼の傍にいるだろうことも。自分が時間稼ぎ役だということも。
「(そうだよねー。あおいチャンなら、気づいちゃうよねー)」
にっこり笑いながら、自分の指を開いていってくれる彼女が、どうしようもなく愛おしく思えた。
「(あーあ。こんなに可愛いあおいチャン、誰にも見せたくないなあ)」
開き終わった葵はにこっと笑ってまたアニメに集中していたけれど、こんなにも可愛い彼女を、アカネは初めて目の当たりにしていた。普段は、どちらかというと面白い顔ばかり。不意に大人びて見えるギャップに、グッと惹かれるものがある。けれど。
「(こんなに子どもっぽいあおいチャン。ほんとかわいすぎだよ)」
そんな可愛い葵を見ていたら、とうとう我慢できなくなった。
「あ。あかね、くん?」
後ろから、ぎゅっと葵の体を抱き締める。
「……あおいチャン」
「ん? なーに?」
振り払うことなく、ぽんとその腕を撫でてくる葵。労うような仕草に、アカネの力が強くなる。
「……あおい、チャンっ」
「んー?」
アカネは葵の肩に、ぽすっと頭を乗っける。葵はそんなアカネの頭に、こてんと自分の頭をくっつけた。
「(守ってあげたい。誰にも、渡したくなんか……)」
彼女は強い。自分なんかよりずっと。
この間の試合は、完全に隙を突いただけ。それがなければ、一生彼女になんか勝てっこない。
「(……でも、おれの中にはもう、“許されないこと”はない!)」
今朝、家に帰った時ちゃんと報告しておいた。
「(だからおれは、ちゃんとあおいチャンに近づけますよ!)」
アカネは決意を胸に、掛けていた眼鏡を外す。
「アカネくん……?」
「あおいチャン。お願いがあるんだ」
アカネは葵を覗き込むように、葵は体を捻らせるように、お互いを見つめる。
「(……わかってたけど。間近で見るともっと綺麗だ)」
葵の頬に、手が勝手に伸びる。
「(おれは今まで、こんな綺麗なものをレンズ越しに見ていたのか)」
なんて勿体ないことをしていたんだと、葵の目元を親指でつーっと撫でる。
「(綺麗な瞳。曇りがない……とても綺麗な漆黒の――)」
と、思っていた。



