すべてはあの花のために③


「わたしはオウリくんといられて、生徒会のみんなといられて、今とっても幸せだよ? オウリくんは? 違うのかな?」


 そうして彼は少しずつ手の力を緩め、緩く首を振る。


「そうでしょ? 少なくともわたしはそうだよ? でも、オウリくんはそうじゃないのかな? ずっと、ここが苦しいんじゃない?」


 葵は起き上がって両手を広げ、彼を抱き締め、彼の胸……心へ耳を寄せる。オウリは驚いて初めは体に力が入り固まってしまったが、それもすぐに力を抜いてくれた。


「わたしは幸せ者だ。こんなにやさしすぎる人が近くにいるんだもの。そんな人を、わたしが今度は幸せにしてあげたいなって、そう思ってるよ?」


 葵はふっと顔を上げて、今度は彼の頬を包み込んであげる。


「わたしが君を幸せにしてみせるよ? 君の苦しんだ心を溶かしてあげたいよ? ……絶対に、君の声を聞けるようにしてみせるから。だから、君もそろそろ人の気持ちを感じ取る前に、自分の本当の気持ちに気づいてあげよう?」


 そう言うと彼は、どんどん目に涙を溜めていく。


「オウリくん。さっきの言葉、そのまま君に返すよ。自分の気持ち、聞いてみて?」


 そう言って葵はゆっくりと、ひとつひとつ言葉にする。


「あなたは今、たのしい? うれしい? しあわせ? ちゃんと、笑えてるかな。……君は今、つらい? くるしい? かなしい?」


 彼は答えない。自分に聞いているのだろう。
 人の気持ちには敏感なのに、自分のことをちゃんと労ってあげられてない。


「(ダメなんだよ。ちゃんと、自分のことをわかってあげないと。君は一生、話せないままだ)」


 きっとみんなといると、楽しかっただろうし嬉しかっただろう。幸せだったと思う。でも君だけは、彼らに会う前からそうだったから、本当の気持ちが隠れてるんじゃないかと思う。
 だって、君もみんなが大好きだから。自分のことを、何も言わないでも一緒にいてくれる。みんなやさしいからだ。


「でも、それで君は本当に笑えるのかな。心から、笑えてる? 君は本当に強くなった。本当に、そう思うよ?」


 でも、自分の心を隠すのは強さじゃない。それは弱さだ。


「冷たくなった心をさ、溶かしてあげようよ。きっと大丈夫。君にはみんながいるんだ。何も聞いてこなかったみんながいるんだ。絶対にまた、話せるようになるからね? 一緒に頑張ろう?」


 彼はただただ涙を流した。今まで我慢していた、大量の涙だ。
 顔をくしゃくしゃにして、拭うこともせずに、彼はずっと泣いていた。

 やっぱり……声はあげずに。