すべてはあの花のために③


 病室を出て、みんなと一緒に病院のバス停まで急ぐ。エレベーターを使い、エントランスホールへと向かっていた時だった。


「……え。おーちゃん?」


 消え入りそうな、女の人の声。
 きっと気づいた人は少ないだろう。

 いいや。その声には気づかなかったけど、彼の異常なほどの怯えには気づいた。


「おーちゃん! おーちゃんなのね!」


 甲高い声を出しながら、やせ細っている女性がゆっくりと近づいてくる。彼女が一歩、また一歩と近づく度に、彼の息が詰まっていった。

 徐々に上手く呼吸ができなくなっていく彼の手をしっかりと掴み、葵は何よりも真っ先に彼女から遠ざけることに。


「おうっ! 待ちなさいおうッ‼︎」


 一度だけ振り返ると、狂ったように叫び出す彼女をスタッフや警備員、そしてガタイのいい男性が取り押さえているのが見えた。



 彼女の姿が完全に見えなくなってから急ブレーキをかけた葵は、彼の頬を包むように触れる。


「オウリくん息して! 息! ゆっくりでいいから!」


 意識が混濁しているのか、いくら声をかけてもオウリの焦点が合わない。けれど、葵の手に爪痕をつけるくらいには、体に力は入っている。

 もしかしたらフラッシュバックを起こしているのかもしれない――――葵は意を決し、彼の頬を平手打ちする。


「――ッ!」


 パシンと乾いた音が、朝の早い時間に響いた。みんなは、葵とオウリを心配そうに見つめている。


「……オウリくん。ゆっくり息、できる?」

「(…………こくり)」


 彼は自分を落ち着かせようと、必死に深呼吸を繰り返す。けれど震えは収まらなくて、葵はバスが来るまで――そしてバスが来てもずっと、彼の手を握り続けてあげた。