すべてはあの花のために③


「なんでもない。でも、ほんと心配したよ」


 ぐっと体が引き寄せられる。目の前には男物の浴衣。そこから覗く、鍛えられた胸元や綺麗な鎖骨。


「す、すみません。確か、お話の最中でしたよね」

「いいんだ。君が元気なら、それで」


 彼はそう言うと、葵の肩口に頭を埋める。彼から香る、ほのかなお香のような匂いに、葵も安堵してしまった。

 そうこうしていると、なんだか彼の手が妖しく動き出して、葵の浴衣の帯を解こうとしていた。


「シオンさん。ストップ」

「えー」

「シオンさんって、そんな方だったんですね……」

「幻滅した?」

「ふふ。いいえ。カナデくんに、よく似ているなと」


 撫でられている彼は一瞬目を見開いたが、気持ちよさそうに目を細めた。


「カナデは、学校ではいつもどうなのかな」

「なんだかんだで、授業はちゃんと受けてますよ」


 彼は嬉しそうな目で「それでそれで?」と続きを催促した。


「生徒会の仕事もちゃんとこなしてるし……それに、体育祭と文化祭のスローガンをかいたんです。アカネくんとの合作で」


 葵は、スマホに残っていた写真を見せてあげた。


「これ、あいつが書いたの?」

「すっごいでしょう」


 葵は自分のことのように自慢した。彼は本当に驚いているようだった。


「シオンさん」

「うん? なーに?」

「これからは、カナデくんとたくさん話してあげてくださいね」

「……うん。そうだね」

「ちゃんと聞くんですよ? 勘違いはもうナシですから」

「ははっ。……うん。わかってる」

「それから、落ち着いてからで構いません。あなたも組の代表として、謝りに行きましょう。なんならわたしもついて行きますから」


 葵の言葉に、彼は一瞬目を見開いた後笑いはじめた。


「あ、あれ? そんなに変なこと言いましたか?」

「いやいや。……ほんと、アオイちゃんはとことん俺のツボをついてくるなと思って」


 彼はウインクをしていたけれど、葵の頭の中では残念なことに『壺』に変換されていた。