すべてはあの花のために③


 葵はまた、ぽろぽろと泣き出してしまった。
 電話の向こうの彼は、困ったように笑っていた。


『……よかった。ちゃんと変われているみたいで』

「……。へ?」


 変な声が出てしまって、少し恥ずかしくなって、慌てて口を手で塞ぐ。


『あなたは、相手が苦しむと言ったから。でもあなたも苦しんでいる。それが証拠だ』

「……でも。こんな苦しいのは嫌です」


 弱音を吐くなんて滅多にないことなのに、彼にはするっと言ってしまって自分でも驚いてしまった。


『恋とは苦しいものですよ』

「……あなたも。くるしい……?」


 そう尋ねると、電話の向こうは一瞬息を呑んだ気がした。


『……そうですね。とっても』

「いやじゃ。ないですか?」

『嫌に決まってるじゃないですか!』

「ひゃっ!?」


 そして急に、彼が怒りだす。


『あなたを狙う輩が多すぎなんですよ。あなたの心が違う人へ向いてしまうと思うと、冷や冷やものです』

「そ、そうですか……」


 相手に応えないのだから、そんなことを思う必要はないのだけれど、それさえも彼にはお見通しだった。


『あなたは、たとえ応えられなくても、本当の気持ちは抱えておくんでしょう。私があなたの気持ち変えられたのはまだ、そこまでだから。あなたはそういう人だ。……きっと私が道を変えたとしても、その気持ちは誰にも言わないのでしょうね』

「そ、そんな、ことは……」


 残りの少ない時間の中で、好きという感情が生まれる可能性も、ないわけではない。でも、残りの少ない時間だからこそ、その気持ちは伝える必要などないと、葵はそう思ってる。