すべてはあの花のために③


『おや。何とか仮面ではないんですね』


 彼は電話の向こうでクスッと笑っていた。


「や。やっぱりストーカーでいらっしゃる……」

『そう思われるのも無理ないのでしょうね』


 向こうでしょんぼりしている姿が目に浮かぶ。
 そして葵の目には、涙が浮かんだ。


「でも。どうしてでしょう。あなたが誰なのかわからないのに。声が聞けて。安心している自分がいるんです……」

『泣かれたのですか?』


 葵の声でわかってしまったのか、そう聞いてきてくれる。


「……怪盗さん。好きって。苦しいんですね」

『……どなたか、好いた方がいるのですか』


 少しだけ、声のトーンが下がった気がした。


「いいえ。ただ、好きだと言ってもらえても。わたしには答えられないから……」

『私が変えると言ったでしょう? あなたは幸せになれます』

「でも、そうなるとは限らない。あなたが変えられなかった時、苦しむのはわたしではない。彼らです」

『……複数なのですね』


 またワントーン低くなった。


『私なら、あなたをもう泣かせることなどしないのに』

「怪盗。さん……」

『今すぐあなたを慰めて差し上げたい』

「ふふっ。……ありがとう、ございます」

『あなたは今、苦しいのですか』

「……そう、ですね」

『それは何故?』

「わたしを好いてくれる彼らの気持ちに。応えられないからです」

『でも、以前はどうでした?』

「え? 以前?」

『お美しいあなたのことだ。受けた告白は一度や二度ではないのでしょう』

「……でも。それはお世辞で……」

『本当に? お世辞だけですか?』

「え。……あ」


 葵はトーマ、シント、そしてミスターコンの彼を思い出した。


『心当たりがありましたか?』

「……はい。わたしを好いてくれている人は、たくさんいてくれました」

『その人に言われた時はどうでした?』

「えっと、……嬉しかったです。でも、やっぱり応えられないからと思って申し訳なかったです」

『今は? どうですか?』

「いまは……言ってもらってすごく嬉しい。でも、彼らのことを考えるだけで。すごく、つらいんです」