すべてはあの花のために③


「はい。もしもし? トーマさん?」

『あ。やっと出た。あーおいちゃん』


 トーマの甘えた声音に、何故かヒナタの機嫌が悪くなる。


「ど、どうしたんですか?」

『んー? 愛してるよって言おうと思って』

「いっ!?」

『ん??』


 そして、いつの間にか二の腕を掴まれて捻られる事態に。何がどうしてそうなったのか、すぐに落ち着いてはくれたけど。


「そ、そうですか。じゃあさようなら」

『いやいや待ってよ。今どうしてるの?』

「文化祭の真っ最中ですけど?」

『そっか。楽しんでる?』

「はい。楽しいですよ。トーマさん今回は来ないんですね」

『え? そんなに俺に会いたいって? しょうがないなあ。今から行ってあげる』

「(イラ)」

「(うぎゃあまた機嫌が!)いえ、大丈夫です。ありがとうございました」

『ええ?! ちょっと切らないで! 葵ちゃんはどんな仮装してるのかと思って電話してみたんだよ!』

「……なんで知ってるんですか」

『俺に知らないことはない。君以外はね?』


 これ以上この場で余計なことを言われないよう、葵はさっさと質問に答えることにした。


「そうですか。じゃあ言いますね。『赤い靴を履いたマッチ売りのガラスの少女』です」

『……はあ。どうして君は……』


 ため息を吐かれ、何か文句でもあるのかと思った。ツバサが言っていたように、白雪姫のようなヒロインを期待していたのかもしれないと。けれど彼からこぼれたのは、意外なもので。


『羨ましいんでしょ。君のことだから』


 反応が、遅れる。


「……何、言ってるんですか」

『でも、最後は幸せに終わるでしょ?』

「よく、ご存じですね」

『まあね? 俺に不可能はないからね』

「……それで? 本当の目的はなんですか?」


 話を切り上げる目的で問い掛ける。


『えー。目的とかはないよ。葵ちゃんの声が聞きたかったのは事実だから』

「そうですか。じゃあ頻繁にしてこないでくださいよ」


 隣からの「ガチのストーカーじゃん」は、聞こえなかったことにした。


『だって心配だから。君がまた、無理してないかと思って』

「……大丈夫ですよ」


 素直な心配に、それだけは葵も素直に答えることに。


『そ。ならよかった。それじゃあ』

「え? 本当にそれだけだったんですか?」

『だって今話せそうにないしね』


 まさか、先程つぶやいた彼の小さな小さな声が聞こえたのかと思った。