「人魚姫は、愛する人を殺せなかった」
「…………」
「愛する人の幸せを願って、自ら海の泡になることを選んだ。空に昇っていく時に、天使が言うの。『これから三百年、人間のためになることをすれば、神様はあなたにいつまでも変わらない幸せを与えるでしょう』って。それがわたしにはとっても素敵な話に思えたから、この童話たちが大好きで、選べなかったからこれにしたんだ」
葵が笑顔でそう言うと、「……そ」と言いながらツバサは、葵の頭をやさしく撫でた。
「え? どうしたんだツバサくん」
「何でもないわ。ただ勝手に手が動いたのよ」
そう言ってふわりと撫でてくれる手が気持ちよくって、葵の胸が温かくなる。
「ガラスの少女の心臓は、とっても濃いピンクになりましたあー!」
葵が両手を広げてそう叫ぶと、「それはよかったわ?」と、ツバサも嬉しそうな笑顔になった。
「それで? 桜李にはなんて言われたの?」
「オウリくんも、わたしの仮装がわかったんだと思うんだ。それでね〈おれも引き立て役だからね?〉って言ってくれたの」
「…………」
「そういう意味で選んだわけじゃないんだけど……こう、みんなが思う悲しい話があるからこそ、ハッピーエンドのお話が際立つよね。確かにそうだなって、オウリくんに言われてから気づいたんだ。彼もウサギだから。カメに負けちゃうから。そういうことを言ってくれたんだと思ってる」
葵が照れくさそうに言うと、「じゃあアタシもね」と返ってきた。
「え?」
「だってアタシ雪の女王だし? 主人公たちにとっては悪者でしょう?」
ツバサはウインクしながらそう言うが、「それは違うよ!」と葵が大きな声で否定してきて、目を見開いてしまう。
「確かに、少年の心の中に悪魔の鏡の欠片が入って、雪の女王が連れて行ってしまったけど……」
きっと雪の女王は、彼を心配していたんだと思う。でも自分は何もできなくて。見てることしかできなくて。お城がただただ寒かったから、少年は冷たくなってしまったんだ。
少女がお城に来た時は暖かい国に行ってたんだって。きっと、冷たくなった少年を何とかしようと思ったんだよ。



