すべてはあの花のために③


「…………よし。ここまで来たらええか」

「待て(まさき)!」


 マサキと呼ばれた関西弁の男は、裏門近くに止めていた車へ向かおうとしていた。


「あ? どうしたんカナ。お前が出て来るなんて……今日は槍でも降るんかいな。天気予報見るの忘れたわ」

「アオイちゃんを離せ」


 ふざけた口調のマサキ。けれどカナデの方はプッツン来ているらしかった。


「……お前のそんな目え見るんは、あれ以来(、、、、)やな」

「早く離せって言ってんだよ!」


 何かをつぶやくマサキにカナデは飛びかかる。しかしその雰囲気に逸早く気付いた小さな人影が、カナデの前に立ち塞がった。


「――え。……アオイ、ちゃん……?」


 カナデの前に手を突き出したのは、今の今までマサキに担がれていた葵だった。


「カナデくん。この人に手を出すのはわたしが許さない」


 葵の鋭い目付きに、カナデは一歩後退る。


「……は? 何、言ってんの。気がついたなら早くこいつから離れ――」

「それはできない」

「――っ! なんで!」

「それはなあカナ。お嬢ちゃんが俺に『連れてけ』って言ったからや」

「そういうことだ」


 話すことなどないと言いたげに、葵とマサキはカナデに背を向けて車に乗り込もうとする。


「……ッ、アオイちゃん! どうしてそんなことするの! 殺されるよ! お願いだから戻って――」

「そうだね。そうかもしれない」


 葵は一度立ち止まり、振り返らずにそんなことを言う。


「っ。お願いだから! アオイちゃんは生きてよ! お願いだから。こっちに帰ってきて……!」

「君はそれでいいのか」


 そうしてやっと振り向いた葵は、人一人殺していそうな眼光でカナデを睨み付ける。


「あおい、ちゃん……」


 カナデは体が動かなかった。言葉を発することも、息をすることさえ難しい。


「これはわたしが好きでやっていることだ。カナデくんには関係ない」

「――――」

「『親』に自分の未来を捕らわれてるからって、諦めきってる君なんかの傍にいるつもりはない」

「――ッ!!」


 葵はそう言い放ち、マサキとともに真っ暗な車に自ら乗り込んだ。
 動き出した車はカナデの前で一度止まった。


「お前には言っとこか。お嬢ちゃんの命は今日までや。……そうやなあ。あと二時間弱ってとこか」


「ほなな」と、車は走って行ってしまった。
 カナデは葵に睨まれた時から、一歩もそこから動くことができなかった。