似たような台詞にも戸惑いを隠せないでいた葵の反応を見てにこっと笑ったあと、彼は一歩下がってまたシルクハットの中に手を入れる。きっと、これが最後だ。
そこから出てきたのは、一輪の真っ白な薔薇。
それを葵の手に、そっと握らせた。
「その時が来たら、きちんと『私』を見てください。今度はあなたが。けれど、その時にはきっともう、あなたは私に“新しい恋”をしているでしょう。私は、それを確信しています」
彼が満面の笑顔でそんなことを言うので、葵は吹き出して笑ってしまった。
「ぶはっ。……すっごい自信……っ、ははっ」
「私にできないことはありません。……待っていてください。必ずや、私があなた自身も、あなたの心も。盗んでご覧に入れましょう」
持っていたシルクハットを胸に近づけ一礼したあと、彼は身を翻して、暗闇の中へ姿を消していった。
「(名探偵燕尾服仮面だとか、奇術師だとか思ってたけど……)」
違う。彼は――泥棒紳士……きっと、そうに違いない。
葵は手にした白い薔薇を鼻に近づけ、香りを嗅いだ。
あまりにも甘いやさしさが彼を彷彿とさせて、思わず笑みがこぼれる。
「(ふふ。本当にしてくれそう。どうやらわたしの心も奪っていっちゃうみたいだけど)」
ストールを首にぐるぐる巻き付け、彼とは反対方向へと歩き出す。
「(それでも……なんでだろう。彼になら、それでもいいかもなんて思ってしまうのは)」
暗い闇だけしかなかった葵の未来に、光が差したような気がした。



