すべてはあの花のために③


 だからか、素直な気持ちがこぼれ落ちていく。


「だから、恋? してみるのもいいかなって。わたしには時間がないから、そんな資格もないと思ってたんですけど……そんなことをしてみてもいいかなって。一人で楽しむ分には罰は当たらないかなって」


 結婚はできない。恐らく恋人になることも。それだとただ相手が苦しいだけだから。


「でも、人を好きになるのは決して悪いことではないですもんね。どうしてこんなに頑なだったんだろう。……ふふ。頑固親父っていうのも、あながち間違ってないかも」

「……え。ええ?!」

「時間がないので結局は何もできないに等しいですが。それでもわたしは、少しの間でも幸せになりたい。……そう思わせてくれたのは他でもない。ただ一人、あなただけ」


 葵は、彼の頭をぎゅっと抱きかかえた。突然の行動に、彼は少し動揺しているみたい。


「……苦しい?」

「あ、ある意味……」


 葵はクスッと笑いながら、こつんとおでこ同士を合わせる。


「……どう、したんですか」


 少し照れながら聞いてくる彼につい笑ってしまうけれど。
 それでも伝えたい。今の自分にできる、最大限の感謝。


「わたしのことを、見つけてくれてありがとう」

「――!」


 彼はビクリと震えた。
 それでも葵は、感謝をやめなかった。


 わたしと、出会ってくれてありがとう。
 わたしと、お話ししてくれてありがとう。
 わたしのことを、見ていてくれてありがとう。
 ……わたしのこと、愛してくれてありがとう。


「本当に、ほんっとうに。ありがとう」


 とびきりの笑顔で。


「――――……」


 彼は一筋の涙を流しながら、葵をずっと見つめていた。だから、きっと伝わったのだと思う。
 本当は名前を聞きたかったけれど、『仮面舞踏会』ではタブー。それに、最後まであなたは仮面を取らなかった。だから、今のあなたには今しかお礼ができない。


「わたしをここまで動かしてくれたこと。本当に感謝しています。だからちゃんとお礼がしたかったんですけど……こんなもので、申し訳ありません」


 彼は少し苦しそうに。でも「十分です。ありがとう」と、笑って答えてくれた。


「今日、あなたに出会えて本当によかった。……こんなわたしの醜い感情を。聞いてくれて、本当にありがとうございました」


 最後は笑って――……一礼。


「それではさようなら。名探偵燕尾服仮面さん」