すべてはあの花のために③


 葵は答えない代わりに、小さく微笑んだ。目元が拭えない代わりに、頬に伝う彼の綺麗な涙を指で掬うように拭う。


「わたしのために。泣いてくれて。ありがとう」


 彼は自分の頬に触れている葵の手を、重ねるように触れる。


「いかないで」

「ごめんなさい。それは無理なんです」

「消えないでよ」

「ありがとう。本当に嬉しい」


「だから」と、葵が続ける。


「残された時間が少ないなりに、今を幸せに過ごそうと。たくさんの思い出を作ろうと。そう思ったんです」


 彼は葵の手を握り締めたまま俯く。ぎゅっと、その手に力を込めていく。


「わたしは、今まで“仮面”を着けていました。これじゃないんですけど」

「うん。知ってる」

「そうなんですね。このことは、生徒会の人ぐらいしか知らないんですけど……どなたからか聞いたんでしょうか」

「あなたを見ていればすぐわかりますよ」

「ふふ。嘘吐くの下手ですね?」

「私は正直者なので」


 じゃあやっぱり誰かから聞いたのか。でも……ま、いっか。


「わたし、友達の前では本当に笑えてるんです。そんな彼らをわたしは、失いたくない」

「……そう」

「今、生徒会とは別の仕事をある人から任されています。これはみんなにとってもわたしにとっても、とってもいいことです」


 葵があまりにも嬉しそうに言うので、彼は首を傾げていた。


「わたしは、ずっと仮面を着けていればいいやと。どうせもう決まった道なのだからと。そう思っていました」


 ――諦めているわけではない。もう、これは逃れられない運命だから。


「でも彼らに会って、もう少し楽しんでもいいかなって」


 ――彼らがわたしを、受け入れてくれた。


「そしてあなたに会って。……もっともっと、楽しんでもいいかなって。そう思えた」


 もう正体がバレてるならいいやと、仮面を外して彼の手をぎゅっと握り直す。


「どうせもう決まってるなら、もっとはしゃいじゃおうかなと。我が儘だって言っていいかなって。あとは……そうだな。みんなのことを、すっごい幸せにできたらなって。そう思わせてくれたあなたに、わたしはとっても感謝しています。でも、ちょっとやり過ぎかな?」


 腰抜けて立てないし……それに首。見えてないけど、多分すごいことになってる。こんな状態で帰って、生徒会のみんなに何と言っていいやら。


「えっと。それは……」

「ふふっ。それだけわたしを好いてくれてるんだと思って、とっても嬉しいですよ? もう勘弁ですけど」


 少し拗ねている彼が可愛いかった。